「取引先の工場が人手不足で納期に間に合わない。このままでは受注をキャンセルするしかない」。北京で貿易会社を営む張秀麗社長(仮名)は頭を抱える。

 中国で労働力不足が深刻化している。例年、春節(旧正月)休暇明けは帰省した出稼ぎ労働者(農民工)がよりよい条件を求めて転職することが多く、それ自体は珍しくない。

 だが、「今年の状況は異常」(張社長)。特に、中国南部の電子部品や機械、服飾などの輸出工場が深刻で、100万人以上足りないともいわれている。

 理由は大きく二つある。第1に、都市と農村の格差是正を目指す政府の地方振興策によって、内陸部で大量の雇用が生み出されていることだ。リーマンショック後、給与・福利厚生削減で魅力が薄れた沿海部へわざわざ出稼ぎに行くより、多少賃金は安くても地元で働いたほうがいい、と考える農民工が増えている。

 人力資源・社会保障部(日本の厚生労働省に相当)が、春節前に約9000人の農民工を対象に実施した調査によれば、「春節後も出稼ぎを続ける」との回答は全体の62%で、前年より6ポイントも低下した。

 もう一つの理由は、農民工の変質だ。かつて農民工といえば、文字どおり「農民」だった。だが、「最近は高校や専門学校を卒業した若い世代が多く、賃金や福利厚生に対する要求水準が高い」(朱炎・拓殖大学教授)。

 労働力を確保しようと各企業が続々と10%前後の賃上げに踏み切っており、従業員のために卓球場やビリヤード場をつくる企業も出てきた。高賃金と福利厚生でなんとか労働力を確保してきた日系企業も、「今後の影響は避けられない」(大手アパレルメーカー幹部)と打ち明ける。

 中国農村部の余剰労働力は膨大で、いずれ労働力不足が解消されることは間違いない。問題は人材の「質」であり、これを維持できなければ生産性が落ちてしまう。中国の人材争奪戦はこれから本番を迎える。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 前田 剛)

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