社労士の中村さんが、埼玉一人親方部会の運営をしていることもあり、福島労災一人親方部会を設けることを支援してもらったの。今は、そこで理事もしている。

 福島では、建設業界で働く職人が震災の影響などで苦しんでいる。そんな人たちの支援をしたいと思った。こういう仕事が、自分に向いているよ。40代半ばになって、今後のキャリアを見つめ直すことができたんじゃないかな、と言い聞かせている。

 祖母が「生涯勉強」とよく言っていた。いい言葉だよね。私も悶える身だけど、嘆くばかりでは前に進めないから。

 だけど、よく思う。会社って、人事権を握る上の人たちとぶつかるとまずダメね。「愛される身」になることが、つくづく大切なのだろうね。会社員を続けることは、自分からすると苦しかった。会社員のプロにはなれなかったのかな。


踏みにじられた人々の
崩壊と再生

 A氏の「悶え」は、現在進行形ではない。昨秋生命保険会社を辞めて、今は生保の代理店を1人で経営する身として再出発を果たした。そうした経緯があるためか、A氏に恨みや憎しみのようなものはないように見えた。

 ここに、1つのヒントがあるように思う。A氏自らも認めるように、会社員生活にピリオドを打ったことが心の再生につながりつつあるのではないだろうか。A氏は、最後の職場となった生保は例外として、それぞれの職場では営業成績は周囲よりもよかった。上司らから妬まれるほどに、質の高い仕事をしていた。

 しかし、上司との人間関係に苦しめられた。その象徴的な例が、本稿の冒頭で触れた暴力事件だろう。当然、上司である部長の側に大きな問題がある。仮に社長などの指示によるものだとしたら、経営者が部下に犯罪をそそのかしたことになり、厳しい制裁がなされるべきではないだろうか。