<大川小学校の事故はその全てが重なったために起きたのであり、どれか一つでも取り除かれていれば、惨事は防ぐことはできた>

<結果的には子どもたちの命を守ることができなかった。全ての学校現場と関係者とその関係者は、この事故の結果責任を自分たちにも生じる可能性のある重い課題と受けとめ…>

<事故当日及び直後の状況についての事実情報を確認するため、教職員A、校長(当時)に追加聴取>

<児童・遺族等に対する心のケアについて、関係団体などへの聴取により事実情報を追加調査>

<学校裏山の斜面の状況:斜面Bは急傾斜地工事により数十~100人程度が立てる平坦なコンクリート敷きの場所あり。斜面Cのふもと付近(標高10メートル程度まで)の斜度はおおむね10度程度、ふもとに現存する段差は震災後にできたもの>

<児童の持っていた危機感:強い危機感を持っていた児童がいた可能性について、より高い推定のレベル(「推定される」)で表記>など。

 室崎委員長に<事故の結果責任>を誰が負うのかと聞いたところ、こう語った。

室﨑委員長は「1日でも早く対策に取り組んでもらいたい」と話したが、会見では記者から、「最終報告にも間違いや不備も見つかり、なぜ今提出するのか。焦る必要がないのでは?」という指摘もあった
Photo by Y.K.

「貞観津波が869年に来ていたことをわかっていた人もいる。ハザードマップはかなり誤差を含んだもので、津波浸水ラインの先でも浸水するかもしれないとなぜ伝えてこなかったのか。そうした専門家の責任も大きい。ただ、もっと核心的な責任を負うのは学校です。早い時期に逃げると決断しなかった人たちは、厳しく問われるべきです。また、市の行政にも、保護責任を果たしたのかというと、その対応にはとても大きな問題があると思います」

 しかし、報告書案から内容が大きく変わることはなかった。

「空白の50分」に答えはなく
遺族と検証委の溝は深まるばかり

「あの日の校庭で、子どもたちが寒さで震えながら、指示を待ち続けた50分間についての答えは、ここにはなかった」

 そうした遺族たちの失望に対し、室崎委員長はこう振り返る。

「ご遺族の多くの方々から、事実解明が不十分、新しい事実が出てこなかった等、報告書があまり役に立たない方向性になっているといわれた。我々はできる限り、ご説明したつもりですが、検証委員会が始まって以来の問題点である、我々の思いとの食い違いが解消できなかった」