(一) 憲法の修正
(二) 憲法実施の監督
(三) 刑事、民事、国家機構やその他における基本法律の制定と改正
(四) 中華人民共和国主席、副主席の選挙

(九)国民経済と社会発展計画、及びその執行状況の報告に対する審査と批准
(十)国家予算、及びその執行状況の報告に対する審査と批准

(十四)戦争と平和に関わる問題の決定

 また全人代には(一)中華人民共和国主席・副主席(二)国務院総理・副総理・国務委員、及び各行政機関の部長・各委員会の主任・会計検査院長官・事務局長(三)中央軍事委員会主席と同委員会におけるその他構成人員(四)最高人民法院院長(五)最高人民検察院検察長を罷免する権限があると記されている。

 実際に展開されている中国政治の現状と、これらの決まり・文言を照らしあわせてみると、両者は乖離しており、後者は形骸化していると言わざるをえない(ただし、これは全人代の存在そのものに実質的価値がないことを意味するものではない)。

 たとえば、「全人代の委員が民主選挙で選ばれている」・「中華人民共和国主席・副主席は全人代における選挙で選んでいる」・「武力によって紛争解決するか如何の決定は全人代が下す」といった項目は、現実の政治には反映されていない。

 政治・軍事・経済・外交などあらゆる分野における意思決定は、最終的には最高意思決定機関である政治局常務委員(現在は七名)によって内密に行われる(意思決定するまでの過程で行政機関、政府系研究機関、軍事機関、民間人などとの綿密な議論やヒアリングを経るが、このプロセスは公開されない)。

 不透明性は拭えない。中国の政策決定過程が“非民主的”である所以である。

 メディアがこのプロセスを報道することも(経済・社会政策では稀に政府の政策ブレーンがあえて公衆に向かってほのめかすケースはあるが)原則ありえない。仮にあるジャーナリストが政策決定の“内幕”にアクセスできる人脈とチャネルを持っていたとしても、記事による公開はしないだろう。「国家機密漏洩」の罪で刑務所入りという結末が待っているかもしれないからである。

 また、どこまでが「国家機密」で、どういう行為が「漏洩」に当たるかに関しても明確な規定はなく、共産党指導部が主観的に「自らに不利益をもたらす」と判断した場合に牢屋にぶち込むという論理である。

 政治局常務委員が決定したことを全人代に公表させ、「全人代が決定した」という手続きを表向きに取ることを以って、形式的に憲法や全人代職責規定との整合性を確保しようとしているに過ぎない。

 私が知る限り、中国の政治や政策過程が公平性・透明性・普遍性に立脚した民主主義の論理で行われていると思っている中国人民は皆無に近い(「中国には中国の民主主義がある」と主張する人は五万といるが)。