54年12月には再び麻薬で逮捕されてしまいます。

名盤の陰に恩人あり

 ペッパーは56年夏まで刑期を務め出所。そして再びカムバックします。31歳の誕生日を前に、アルト・サックスを吹くこと以外に何ができるのか、と自問します。

 今週の音盤「ミーツ・ザ・リズム・セクション」は57年1月の録音で、まさにこの頃のペッパーの演奏を刻んでいます。七転び八起きの人生模様が濃くなっていく時期です。

 ところで、七転び八起き、と言いますが、なぜ何度も転ぶのでしょうか?

 アート・ペッパーは感受性が豊かで、心に感じるものをアルトサックスで表現しようとしていました。その感受性は、精神的な脆さと繋がっているのかもしれません。

 そうして転んでしまったあとは再び起つのですが、自分だけで立ち上がっているのでしょうか?もちろん、本人の努力は不可欠ですが、再起の陰には恩人がいます。

 彼の恩人で、再起の鍵を握っていたのが、レスター・ケーニッヒという男です。

 今週の音盤「ミーツ・ザ・リズム・セクション」はジャズ史に残る名盤ですが、この名盤はこの男がいなければ生まれていません。ケーニッヒは、西海岸のジャズ専門のコンテンポラリー・レコード社のプロデューサーです。

 ペッパーはこの時期、上述の通り麻薬による逮捕・拘禁を繰り返し、自信喪失の状況にありました。そんなペッパーを励まし、一世一代の録音の機会を提供したのがケーニッヒでした。

 そもそもこの音盤の標題“ザ・リズム・セクション”とは、マイルス・デイビス五重奏団のリズム隊のことです。56年から57年にかけて、マイルスが擁した五重奏団はマイルス、ジョン・コルトレーン、ピアノがレッド・ガーランド、ベースがポール・チェンバース、そしてドラムがフィリー・ジョー・ジョーンズ。まさに世界最強のリズム隊です。

 彼らがロサンゼルスに演奏旅行で来た機会を捉まえて、一度限りの録音セッションをもったという訳なのです。当時こそ無名であり、麻薬中毒で出所したばかりのペッパーが、そんな世界最強のリズム隊と録音ができたのも、ケーニッヒの信念と情熱と戦略のおかげです。マイルス側を説得し、相応のギャラを支払い、日程を調整してスタジオを押さえました。ペッパーには平常心で演奏させるため、直前まで誰と録音するかは敢えて伏せていたといいます。

 出来栄えは、聴いての通り。初対面でいきなりの共演でしたが、これだけの素晴らしい演奏を生むのも、音楽の魔法でしょう。

 そんな録音の背景を知ってから聴くと、また趣も違うかもしれません。しかし音楽の本質は、順風満帆の男だろうが、傷だらけの男だろうが、変わりません。良いものは良い。エピソードが音楽の価値を決める訳ではありませんから。