世に『10で神童、15で才子、20歳過ぎればただの人』と言います。
詩人ジャン・コクトーが描いた『恐るべき子供たち』のダルジュロスも、歳を重ねれば常識に囚われ普通の立派な大人になってしまうことを直感的に知っていました。それが故に、大人になることを頑なに拒否して、悲劇的な結末を迎えたわけです。
しかし、時には、20歳を過ぎても、神童がそのまま大人になって輝き続けている場合があります。そんな人には独特のオーラがあります。周りを明るくするチカラに満ちています。そして、解き放つエネルギーの量はもの凄いものがあります。だから、そのエネルギー放射を受けると、ただの人でも何がしかの恩恵を蒙るような気持ちになるものです。
と、いうわけで、今週の音盤は、上原ひろみ「アナザー・マインド」(写真)です。
神童の登場
「アナザー・マインド」は、2003年、上原ひろみ24歳の時に、ジャズの老舗テラーク・レコード社から発表されました。日本国内向けの発表ではなく、米国を中心に世界デビューを飾ったわけです。
この音盤の発表以前、上原ひろみはジャズ界では知る人ぞ知る的な存在ではありました。
が、多くの人にとっては、その名前は聞いたことがありませんでした。しかし、この音盤が世に出ると、凄いジャズピアニストがいる、と内外で大変な話題になりました。少女の如きあどけなさの残る若き上原ひろみ。彼女が創った誰にも似ていない音楽の素晴らしさが、世界の音楽ファンを驚嘆させました。
この音盤を言葉で描写するのは大変難しいです。
何故ならば、この音盤に刻まれている音楽は、音楽でしか表現できない種類のサムシングだからです。
要するに、感情の生き物である人間には様々な感情が宿ります。愛情、友情、嫉妬、失望、希望、落胆、苦悩、感動、驚愕、歓喜、悲哀等々です。それらの感情の核心にある心の動きというものは、人類が言葉と出会う以前から存在しているものです。言葉にすると、その言葉の端から心の機微がこぼれ落ちてしまいそうです。
この音盤は、そんな心のゆらぎをピアノで綴(つづ)っています。