5割が消えていく世界、厳しいからこそ博士号には価値がある

琴坂 振り返ってみると、博士課程には大変なプレッシャーがありますよね。

安宅 そうだね。でも、琴坂さんは気楽にやっていたんじゃないの?

琴坂 そんなことはないですよ(笑)。同期がどんどん成果を出して、(ビジネスの世界で)出世していくなかで、何か出るかわからないし、自分だけは価値があると信じている、すごく細かいことをやっているわけです。それが社会のためと信じているけど、信じているのは自分だけで、周りを延々と説得する作業が続いていきますから。

 自分の資金も3年という限られた期間しかありませんでした。でも、資金が尽きたからといって、博士号が取れるかという確信はないわけですよね。実際、オックスフォード大学では、2割くらいの人は博士号を取れません。

安宅 それだけ?アメリカでは半分くらいが消えていったよ。

琴坂 オックスフォード大学だと、全分野の平均で、博士課程の7年目でも2割が取れていないと聞いていているのですが、実際はもっと取れないのかもしれません。

安宅 僕の同期、10人中、5~6人しか取ってないよ。取れない以前に、去るんだよね。家族性大腸腺腫症が理由で辞めた女の子もいたし、8~9年がんばっても無理で、諦めたヤツもいる。いろいろな理由で去っていきました。

琴坂 いつの間にかいなくなりますよね。そもそも、修士から博士に上がるときに、40人中7人しか受かっていませんでした。そこの選抜がすごく厳しくて。

安宅 それがあるから博士を取れない人が2割で済むんじゃない?そもそも、アメリカのResearch University(教育だけでなく研究を主たるミッションの一つに据えた大学)における自然科学系の大学院には、基本はPh.D.プログラムしかないんだよね。修士課程に入るのではなくて、最初から「Ph.D. student」として採用されるんです。それが各専門分野で大学あたり、毎年、たいだい10人。

琴坂 それを考えると、イギリスも同じですね。修士で40人いて、真剣に博士を取りたいと思っているのが30人弱だったと思います。そこから14人くらいがコンディショナル・オファー(条件付き合格)をもらいますが、それをもらっても修士の成績が「Distinction」といって上位10%でないと入れません。それを取れるのが7人ぐらいで、最終的に博士号を取れるのがたぶん5人くらいです。

安宅 なるほど。

琴坂 とても冷酷です。大学は面倒を見ないと言っているに近いですね。自分の学科、大学に貢献できる人にしか学位を出しません。そもそも入学もさせない。それが本当にいいのかどうかは、わからないですけどね。

安宅 アメリカには「Qualifying Exam」という学位取得にふさわしいか審査する試験があってね、冷酷だとまでは思わないけれど、それがまた大変なんだよね。

琴坂 たぶんそれに該当するのが、イギリスでは修士から博士に上がるところにある「壁」なのではないかと。修士の成績の平均評定が「A」以上でなくてはいけなくて、つまり、「A+」と「A」しか取れない。

安宅 僕のところは「A+」といった評価がないところで、「A」にあたる「Honor」以外、それも悪くても「B」を最大1個しか取れない仕組みでした。2個「Honor」以外を取った瞬間に放校ですから。きついよね、入る前に言ってほしかった(笑)。

琴坂 でも、厳しいからこそ価値があるんでしょうね。

安宅 そうだと思います。

マッキンゼーはもちろん、Yahoo! JAPANでも、新人を積極的にプロジェクトに参加させている安宅氏。マッキンゼー時代、琴坂氏も安宅氏のもとで多くを学んだ1人である。なぜ、経験の浅いメンバーをあえて参加させるのか。当時の経験をもとに、人材育成・マネジメントの本質が語られる。次回更新は、5月2日(金)を予定。


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