不平等の利益に個人が守られる時代の終焉
実際のところ、企業が1つひとつの国の枠組みを超えて、世界的な価値連鎖の中で活動する時代、それはまだ黎明期に過ぎません。
しかし、これから20年も30年も仕事をしていく中堅から若手の世代にとっては、現実的かつ切実な未来の可能性です。
いわゆるグローバル人材という言葉がよく用いられるようになりました。しかし、そこで行われている議論は、そうした時代におけるローカル人材の最低限の素養を議論しているようにしか思えません。
拙著の第17章でも取り上げた「グローバル人財」は、より広く、世界的な価値の連鎖が現実となった時代に求められる、世界で活躍して生き残れるプロフェッショナルの姿を議論しています。
企業が国境を越えて、世界中からベストの人材を登用していく時代になれば、コスト高にも関わらず、そのコストを正当化できる差別化要因を持たない先進国の労働者は、その職が危険にさらされる可能性を理解する必要があるのです。
これも拙著で取り上げていますが、たとえば、日本で“貧困層”とすら言われる年収300万円は、世界の上位1.9%に該当します(*6)。
もちろん、それぞれが生まれ育ってきた背景があり、年収のみを基準にして一概に言うことはできません。しかし一方で、日本という国に生まれただけで、ほとんど努力をせずに怠惰な生き方をしている個人が、あがき苦しむ途上国の数十億の人々よりも豊かな暮らしを享受できるのは、果たして当然であるべきことなのでしょうか。
世界的な価値連鎖が進む世界は、先進国で豊かさを享受しているものの、日々の努力を怠り、競争力のない個人にとってはこのうえない脅威なのです。
もちろん、国家はそれに所属する個人を守ろうとします。政治家もそれをするインセンティブがあります。
しかし、企業が国家を超えて存在し、それと対等な交渉を行う時代となるならば、たとえば日本という国が、日本に生まれたすべての個人を守れる時代は終わるのかもしれません。
先進国に生きる個人は、世界的な価値連鎖の時代の到来に備えて、いますでに持っている特権を最大限に活用して、自分の未来を防衛する必要があります。逆に言えば、そうした時代は、努力をし、能力もあり、しかし不当に搾取され、貧困にあえぐ途上国の人々にとっては、成長と繁栄の未来なのかもしれないのです。
世界的な価値連鎖の時代は、いわば平等で、よりフラットな世界とも言えます。しかしだからこそ、現代で不平等の利益を享受してきた私たちのような先進国の人間にとっては、可能性である以上に、大きな脅威でもあります。
先進国に生きる個人は、こうした時代が訪れることを現実的な未来として捉え、与えられた猶予を最大限に活用し、「より平等な世界」でも生き抜ける力を蓄え、実力を身につける必要があると、私は考えています。
さて、また長くなってきたのでこのくらいで。より詳細で厳密な議論は、ぜひ『領域を超える経営学』をご覧ください。
ではまた。
*1 Porter, Michael E. 1980. Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors. Free Press.(『競争の戦略』土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳、ダイヤモンド社、1982年)
*2 Ohmae, Kenichi. 1990. The Borderless World: Power and Strategy in the Interlinked Economy. HarperCollins Publishers.(『ボーダレス・ワールド』田口統吾訳、プレジデント社、1990年)
*3 経済産業省. 2014.3-31. “海外事業活動基本調査”, http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/index.html, (accessed 2014-4-17).
*4 IHS. 2013-9-25. "Groundbreaking iPhone 5s Carries $199 BOM and Manufacturing Cost, IHS Teardown Reveals.", http://technology.ihs.com/451425/groundbreaking-iphone-5s-carries-199-bom-and-manufacturing-cost-ihs-teardown-reveals, (accessed 2014-4-17).
*5 BOEING. "Who's Building the 787 Dreamliner.", http://www.newairplane.com/787/whos_building/, (accessed 2014-4-17).
*6 Global Rich List. http://www.globalrichlist.com/, (accessed 2014-4-17).
未来とは、不確実性がともなうものである。では、その高い不確実性を認めつつ、どのように戦略を考えていけばよいのか。最終回となる第15回は、未来を戦うための技法として、多くの多国籍企業が導入する「シナリオ分析」の考え方を簡単に紹介する。次回更新は、4月25日(金)を予定。
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