こんなにも劣悪な環境のなかで
人は働かねばならぬのか
岡田が答えながら、先を行く渋谷のあとを追って誘導する。
「ここが検査場です。検査に合格すればここから出荷されます。製造部門の最後の工程です」
暗い検査場から外へ出ると、夏の陽差しがまぶしかった。沢井たちが工場をまわっているうちに、青空がかなり広がっていた。
沢井は眼を細めてあたりを見回した。
メイン道路の向こう側の小さな建物の脇に、三本の大きな木があった。その緑が鮮やかであった。
今見てきた工場のなかのあの暗い、汚れた世界は何だったのか。人間が生きていくためには、あんな情景のなかで働かなければならないのか。
沢井の頭にこんな思いが流れた。藤村はまったく沈黙している。
加工工場、工作工場、特品工場と主要なところを急ぎ足で巡回して、事務所の東のフェンスぎわに並んでいる更衣室、浴室、食堂に足を向けた。
長年赤字が続いているために、こういう福利厚生施設にはほとんど金をかけていない。
浴場の湯舟のなかのタイルは、あちこち剝げ落ちている。
食堂のテーブルは汚れ、足ががたついている。
厚生棟の一番東側で、鋳造工場の横にあるトイレに入った沢井は、そこで棒立ちになった。
木造ペンキ塗りの独立した建物だが、建物の各所がひずみ、ドアは開いたまま、窓ガラスは割れている。
緑色のペンキはほとんど白く変色し、しかも魚のうろこがはじけたように、あちこちで反ったり、剝げたりしている。
嫌悪感を抑えて、無理に用を足しながら──これは人間のトイレではない、と沢井は思っていた。
とにかくひどすぎる。
赤字だからしょうがない、倒産して失業するよりましだと言ってしまえばそれまでだが、人間をこんな状態で働かせるもんじゃない。
こんなところで働かせるぐらいなら、会社をつぶして、よそで働いてもらうほうが幸せなんじゃないか。