万年赤字会社はなぜ10ヵ月で生まれ変わったのか? 実話をもとにした迫真のストーリー 『黒字化せよ! 出向社長最後の勝負』の出版を記念して、プロローグと第1章を順次公開。岡田常務の案内で、社内を見てまわる沢井。そこは、今まで沢井が所属していた世界とはまったく違う世界だった。(連載第1回目、第2回目、第3回目、第4回目はこちら

大企業から離れて初めて知る世界

 工場のなかを案内しながら、岡田常務が説明し、人びとを紹介する。
 沢井から見るともう少しはしょってもよいのだが、伝え聞いていた岡田の誠実な性格が十分うなずける真面目な説明ぶりであった。

 時折り、藤村がボソッと短い言葉で質問する。
 岡田と藤村の間で質疑応答が始まる。
 藤村が少しでも早く鋳物の専門知識を身につけようとしている真剣な姿勢が、痛いほどよくわかる。

 1年かせいぜい2年でマルかバツか結論を出すという期限が、藤村に圧力をかけているのだ。

 頭上で天井クレーンがガタゴトと動き出した。
 一段高くなった舞台のようなところにある炉のなかから溶けて白熱した金属が、クレーンが釣っている鍋に流し込まれる。
 その鍋を釣った天井クレーンが動いて、床に並べられている砂の鋳型に注湯される。
 そのたびにうす暗い工場内に火花が飛び、もうもうと青白い煙が立ちのぼる。

 火花は、鍋を支える作業員たちに、容赦なく飛びかかる。

「あれで、火傷しないんですか」

 騒音のなかで大声で聞いた沢井に、岡田も大きな声で答える。

「はい。大丈夫です。鍋がはずれて湯を直接かぶれば大変ですが、火花なら心配ありません」
「だって、作業服が焼き穴だらけですよ」

「ハア、1年ごとに作業服を取り替えますが、あの火花全部が身体にあたるわけではありません。服を焦がすのはほんの一部で、それも皮膚を直接焦がすのはまずありません。眼で見るほどのことではないのです」

「ふうん、そんなものですか」
「はい、もちろん危険がゼロではありません。しかし、管理者もよく注意していますし、それに何よりもベテランぞろいで、自分たちが一番よく知っています」