各自治体は、獲得した予算を目いっぱい使い切ることを「善」とし、より安く事業を執行する意欲を持ちえない。業者間の競争を促すことに意味を見出せないのである。むしろ、入札では予定価格(上限価格)ギリギリで受注業者を決めようとし、「談合」を必要な手段として事実上是認してきたのである。地域に落とせるカネをわざわざ減らすことはないと思うからだ。

 こうして過大過剰な公共事業が全国に広がり、無駄と借金が積み上がって行った。特定の人たちだけを幸福にするAタイプの公共事業が、必然的にもたらした事態と言ってよい。

 だが、次第に税金の使われ方に対する疑問や不満が国民の間で膨らみ、転換を求める声が高まった。それに呼応するように、構造改革や地方分権、地域主権といった改革を掲げる動きが起こり、2009年9月の政権交代につながった。「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズが、有権者の心に効果的に響いたのだ。

 しかし、期待はすぐさま落胆にとって代わられた。そもそも「コンクリートから人へ」の本質は、「コンクリートか人か」ではない。手がけるべき改革は、税金の使い方を従来型のAタイプからBタイプに転換することだった。

 つまり、公共事業の目的と主体、財源の3点セットで同時に転換することが、改革の本質だった。政権交代後、そうした本質的な議論は脇に置かれ、改革は中途半端なものに終始した。個別事業の仕分けに矮小化され、しかもそれすらもおざなりに進められた。Aタイプの公共事業に付きものとなっている陳情の行き先が変わっただけだった。

防災、デフレ脱却、消費増税が大義名分
古い公共事業を復活させた「国土強靭化」

 結局、Aタイプの公共事業が温存され、税金の集め方や使い方に質的な変化は生じなかった。もちろん、本質的な改革が短時間で成せるはずもない。問題は、改革の方向性や必要性などがきちんと示されなかった点にある。改革への熱意と覚悟、準備、そして能力の不足が、政権発足当初から露呈してしまったのである。

 2011年3月に東日本大震災と福島原発事故が発生し、2012年12月に再度の政権交代となった。第二次安倍内閣の発足だ。この間、国土強靭化が盛んに叫ばれるようになり、「防災・減災」が喫緊の課題となった。そこに「デフレ脱却」を掲げる「アベノミクス」が加わり、2020年の東京五輪開催も決定した。