シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

ほとんどの人が賛同しない真実を見つけよ――狭き門より入れPhoto: Adobe Stock

狭き門より入れ

 私はクリスチャンやイスラム教徒ではないが、聖書やコーランには、味のある人生のアドバイスがちりばめられているので、読むことをおススメしている。

 その中でも『新約聖書』マタイ伝第七章にある「狭き門より入れ」というのを、特におススメしたい。

狭き門より入れ。滅びに至る門は大きく、その道は広く、これより入る者多し。命に至る門は狭く、その道は細く、これを見出す者は少なし
という一節だ。

 この言葉は、真に価値ある成果を得るためには、安易な方法を選ぶのではなく、困難な道を歩く必要があることを教えている。

 これを体現している最もわかりやすい例が、メジャーリーガーの大谷翔平選手だろう。大谷選手の活躍は、海外にいる日本人にとってアドレナリンとオキシトシンを同時に大量に分泌させてくれる一つのイベントだ。

「狭き門」を通って花開いた
大谷翔平選手

 彼の試合は、ほぼ全試合をMLBのストリーミングでチェックしている。

 2024年には、打者に専念してもMLB史上、唯一無二の50-50(50本塁打&50盗塁)を達成。

 DH(指名打者)専任としては史上初のナショナル・リーグMVPを獲得。

 2021年から2023年までは投手として勝利し、打者として出場するだけでも大変なのに、平均で毎年40本を超えるホームランを打ち、投手としても平均で11勝以上を上げている。

 160キロの剛速球でメジャーの強打者を打ち取り、その試合で時速180キロを超える弾丸ライナーのホームランを打つ。

 データ全盛の時代に、その能力はさらに高く評価される。

 大谷選手がプロに入るとき、ほとんどの日本プロ野球のOBや評論家が、二刀流に大反対していた。

 唯一、二刀流を支持していたのは、日本のプロ野球で三冠王を三度とった落合博満氏だ。

「プロ野球OBは今の選手は個性がないとぼやくが、大谷選手のような超個性が出てくると『ふざけるな。プロをなめるな』と全力でつぶそうとする。それがおかしい。やらせるべきだ」と言っていた。

 ヤンキースで活躍していた松井秀喜氏も「前例がないから、反対というのは理由にならない」と言っていたが、最初から一貫して二刀流を応援していたのは、この二人くらいだ。

 もちろん、メジャーでも懐疑論はあった。大谷選手は、1年~3年目にひじもひざも怪我をした。今では忘れられているが、2020年シーズンではコロナの影響による短縮シーズンとはいえ、ピッチング防御率が37.80、打者でも打率.190と、かなり悲惨な成績だった。

 大谷選手の二刀流フィーバーも、MLBではほぼ消えていた。

 しかし、彼は「冬の時代」の過ごし方が素晴らしかったようだ。2021年の二刀流完全復活を目指し、ピンチで自らを鍛え、パワーもスタミナもつけ、身体を一回り大きくして、打撃でも投球でも無駄のないフォームに改善した。

 あくまで「狭き門」を目指して、そこを通ってきたのだ。

 私はアメリカの大学で教員をやっているし、アメリカで投資や事業を行っているので、アメリカ各地に足しげく通っている。私の周りでは野球ファンのみならず、アメリカで全国区の人気になっている。アメリカの誰に話しても、彼を知っているのだ。

「ほとんどの人が反対する真実」
を見つけよ

 大谷選手は、もともとの運動能力やセンスも素晴らしいのだろうが、努力を継続できる才能も凄まじい。そして「イラッとしたら負け」と自らも言っているように、いつも感情が安定している。バッターボックスに向かいながらゴミを拾ったり、審判や相手チームの監督に必ず挨拶する人徳者でもある。

 そして打席に入ると、完全にゾーンに入っている様子がわかる。

 これは最近のメジャーリーグの中継を見ていて思うことだが、各角度から映されるズームアップされた高精度のカメラにより、大谷選手と対戦する相手ピッチャーたちの呼吸が乱れ、顔が赤らんだりしてプレッシャーを受けているのがわかる。

 一方、大谷選手の表情や呼吸の様子は、「明鏡止水」という感じで、常に安定している。

 私の友人で、ペイパルマフィアとして有名な起業家&投資家のピーター・ティール氏が常に言っている

ほとんどの人が反対する真実を見つけよ

 を、大谷選手の二刀流は地で行っている。

 NPBでもメジャーでも、多くの人が疑念と懸念を抱いた前人未到の「二刀流」という「超狭き門」から入ったことで、ライバル、比較する対象がなき世界に自分を置いているのだ。

 だから、プロスポーツ市場最大級の契約や、スポーツ選手としては突出したスポンサー料を獲得している。
 野球ファンだけでなく、世界中の多くの人、そしてアスリートからリスペクトされ、愛される存在になっている。

 広き門から入って価格競争を繰り返し、マージンを失っては、資本主義下で事業をする意義はない。

 狭き門から入って比類なき存在になり、価格競争とは無縁となり、分厚いマージンを獲得し、それを資本として蓄積して、レバレッジをかけて資本を増やしてこそ、資本主義の勝者になれるのだ。

 安易な形ではなく、困難な道を選ぶことで、唯一無二の存在になり、競争とは無縁のポジショニングを獲得するのだ。そうすれば、真の価値ある成果を作り出せる。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。