周囲も巻き込む常套句

 松田は近くにいた店員に声をかけた。

「さっき電話をした者なんだが、花瓶を返品したい。担当者を呼んでくれるかな?」

 電話とはうってかわって、穏やかな口調で言う。

 店員はなにやら同僚と相談していたが、しばらくすると女性店長がやってきた。

「このたびは、ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません」

 松田はなめ回すように店長を見た。店長は身をこわばらせる。

〈おっと、勘違いするなよ。興味があるのは、あんたじゃない。お宅のカネだよ〉

 松田は、笑いを噛み殺して言う。

「この花瓶、返品するから代金を返してくれ」
「かしこまりました」

 しばらくして、封筒を手にした店長が戻ってきた。

「申し訳ありませんでした。ご返金させていただきます」

 松田は封筒の中身を確かめた。

 松田はトーンを抑えながらも、きつい口調で言い放った。

 店内の客と従業員が、いっせいにこちらを振り向く。店長は慌てて説明する。

「お代金の3万円でございますが……」
「わざわざ、タクシーに乗って返品しに来たんだぞ。それでこれだけか?」