かつて製薬業界では「西の武田、東の三共」と呼ばれ、この2社が権勢を誇った。実は、その三共と水面下で経営統合の相談をしていた。しかし三共は結局、第一製薬を合併相手に選んだ。

 販売力が弱い欧州でも、糖尿病領域に強いデンマークの製薬会社であるノボ ノルディスクをはじめ、思い当たる企業を回り尽くした。当然、米国も回った。しかし、これぞという相手には、振られるばかりだった。

 いよいよ主力品の特許切れが目前に迫っても、次の成長を支える薬が生まれない。数少ない候補品は効果や安全性の問題で相次ぎ開発中止となった。

孤独な長谷川社長
理解者は外国人

 追い込まれる中で08年、がん領域に強いミレニアムを約9300億円で買収。さらに11年には欧州・新興国で事業を展開しているナイコメッドを約1兆円で買収した。

 買収をすれば当然、人員のリストラを含む合理化効果を出す必要がある。しかし、それをマネジメントできる人材が武田には居なかった。

 武田を含め、製薬大手は長谷川社長の下の世代は人材の層が薄い。長谷川社長の入社が70年。直後の71年に整腸剤の副作用による大規模薬害訴訟が起こり、国や10社を超える製薬会社が訴えられた。第1次オイルショックも重なって、何年も新卒採用がほとんどできなかった。このため後継者候補が少なかった。

 武田國男・前社長からはとりわけ本田信司取締役を育てるよう託され、彼に海外で場数を踏ませた。しかし、ナイコメッドのマネジメントは本田取締役にも荷が重かった。

 日本人を後継者にすると公言していた長谷川社長は13年11月、土壇場で、ナイコメッドが展開する欧州と新興国でビジネス経験のあるウェバー氏を後継者にすると公表した。創業230年の歴史の中で初の外国人社長だ。

 新薬が生まれない。候補品は相次ぎ開発中止。M&Aでは振られっ放し。買収後にマネジメントし切れない。13年度業績は4年ぶりの営業増益となったが、利益額は業績がピークだった06年度の3分の1以下だ。