おもてなし以前に、
やれることは山ほどある

 それにしても、おもてなしの定義をどうして長々と述べるのか、皆さんは不思議に思われたかもしれません。おもてなしとそれ以外の境界線に、何故これ程までにこだわっているのか?

 その理由は、大抵のサービスでは、顧客満足の大部分がおもてなし以外の行為によって実現されている点を認識いただきたいからです。

 例えば理美容は、おもてなし以前にプロフェッショナル型の対応が中核となるサービスです。「くせ毛なので広がらないようにカットして欲しい」とか、「髪を春らしく明るくして仕上げて欲しい」といったように、顧客それぞれが抱いているイメージに髪型を近づけていくことが最重要であり、逆にイメージと異なる髪型になってしまえば「今回の店選びは失敗した」と顧客は後悔します。

 あるいは理美容室の基本である、店内が清潔に保たれているか、スタッフがきびきびと行動して笑顔で挨拶ができているか等は、いつも変わることない定型部分のサービス要素にあたります。こうした基本が徹底されていなければ、顧客はやはりリピート利用しないでしょう。

 つまり自社のサービス水準を向上させようとするなら、おもてなしを強化する以前に改善余地はたくさんあるのです。ところが冒頭に紹介したIT企業の場合、本来はおもてなしとは関係のない問題にまで「おもてなし」のラベルを張ってしまっている可能性が高い。ここでは詳しい説明を省きますが、おもてなしなのか、それ以外のタイプの営みなのかによって、オペレーション設計やマーケティング、従業員育成といった面でビジネスの作り方は当然違ってきます。にもかかわらず、特性の異なる問題に対して「これは全部おもてなしだから」と同じ方法で対処してしまえば、根本的な問題解決が遅れるのは想像に難くないでしょう。それどころか、必要のないところでおもてなしを発揮して、ミスや非効率が生じる恐れもあります。

 例えば、プロフェッショナル型がウェイトを占めるビジネスでは、顧客が抱える問題(悩みや実現したい姿)に対して、専門知識・技能を駆使して問題解決を手助けすることが最重要です。弁護士だったら「法律上の問題解決に向けて助言や代行をしてくれること」、医師だったら「病気の治癒を助けてくれること」、戦略コンサルタントだったら「企業戦略の立案や実行方法を提案してくれること」が先決です。たとえオフィスを訪問した時の応対におもてなしを感じられたとしても、期待された問題解決ができていなかったら顧客満足は得られないでしょう。

 士師業や冒頭に紹介したITサービス企業はもちろん、金融・コンサルティング・広告代理店・人材開発など、法人向けに付加価値サービスを売っている業界では、プロフェッショナル型の対応の巧拙がカギになります。おもてなし云々とか言っている場合ではなく、顧客に解決策を提示できるだけの専門知識・スキルを持った人材を採用し、育てることが最優先でしょう。

 あるいは「何が顧客の本当の悩みを浮き彫りにする」、「目指すゴールを明らかにして、顧客の期待値をコントロールする」、「顧客の疑問や要望には迅速に対応する」といった「当たり前に見えるけれど、なかなか100%できないこと」を徹底できた企業が勝ち残るとも言えます。そんな業界で戦っている人達がホテルやエアライン業界の人から学んでも、得るものは少ないと思うのは、私だけでしょうか。

 あるいは気遣い型やオンデマンド型といったマス顧客向けのサービスも、一見すると変動性が高いのですが、実は「こういう状況になった時/こういう要望が出された時には、こう対処する」といったパターンに応じたルール化が可能です。

 例えば気遣い型の例で言うと、ビジネスホテルの中には雨天時になると、ホテルに入ってきた顧客にタオルを差し出してくれるところがあります。元々は気配りに優れた従業員の一人が自身の店舗で始めた営みだと思いますが、「雨が強く降っている時のフロントでの対応」として全店舗共通のルールにしてしまえば、もっと多数の利用客に「ここは心の篭った対応をしてくれる素晴らしいホテルだね!」と感じてもらえることでしょう。