――ゲームはいつから始めたのですか。

 小学校1年生とか2年生とか、そのころですね。ファミコンよりずっと前の話です。パソコンはなくマイコンの時代です。コンピュータでゲームをしていたので、パソコンよりスペック(性能)が劣るファミコンにはあまり興味を持てなかったのです。ところが、(1988年に)「ドラゴンクエストⅢ」に出会って見方が変わりました。発売日には徹夜組が出たりして、社会現象だったのです。そんなに面白いならやってみようと思ったのです。

 いざやってみたらすごく面白くて。こんなに人を感動させられるゲームというメディアはすごいんだなと思いました。ゲーム業界に入ったのはその後です。

――起業したのはいつでしたか。

 オリジナルのゲームを作りたいと30歳の時に起業しました。「ダーククラウド」というオリジナルのRPG(ロールプレイングゲーム)で、プレイステーション2向けのゲームを最初に手掛けました。国内外の販売本数は100万本を超えました。

――その後、ドラクエを作りましたね。

 当時のエニックス(現スクウェア・エニックス)の方が「すごくいいゲームだからいっしょにやりたい」と福岡まで来てくれたのです。当時、僕はソニーさん(ソニー・コンピュータ・エンターテインメント)の開発の仕事をしていて余裕がなかったので、やむなくお断りしました。

 その後、いっしょに飲みに行った席でドラクエについて熱く語っていたら、プロデューサーから「それなら自分で作ったらいかがですか」と言われました。話がどんどん進み、ドラクエ生みの親の堀井雄二氏にもお会いし、本当にドラクエⅧを作ることになりました。