BtoCビジネス繁栄のサイクル

「いいか、ここまでの『購買』までのプロセスは、実は極めて情緒的なプロセスなのだ。ここに至るまでの間に接客が悪かったなど不愉快なことでもあれば、先に進まない。反対に気持ちが昂揚していると、少々気になることがあっても、先に進んで、買ってもらえる場合もある」

「そうですね。お客様に好かれて信頼を勝ち得た販売員は、そこからは薦めたものをどんどん、買ってもらえます」

「問題は、次の段階、すなわち、持ち帰って実際に使う時だ。その時には、買う時のような情緒的な状態ではなく、理性的な状態になっているのだ」

「クレームが出ないようにするということですか?」

「近いが、最適な答えではない。例えば、イタリア製の高価な生地を使ったスーツは、丈夫で耐久性が高いのか?」

「いいえ、一般的には逆です。風合いの良い高級素材の生地は休ませながら大事に着て、手入れも丁寧に行わないとすぐにダメになります」

「そういう素材特性を購買の時に伝えることをしっかりと伝え、そしてその風合いの良さなどに『満足』して、このステップでも納得してもらえると、どうなる?」

「再来店につながります」

「よろしい、正解だ」

 安部野は最後の円に『満足』と書き、そこから最初の『来店』に向かって矢印を描いた。

 高山はノートパッドに描かれたサイクルを指でさし「このサイクルが太い矢印で回れば…」と言って、グルグルと円を描き「お客様が外にこぼれずに増えていきますね」と言った。

「だから、これが小売業やファッションビジネスのBtoCビジネス繁栄のサイクルだ。 僕はこれを、各ステップの頭文字を取ってサイクルと呼んでいる」

 安部野は、Recognition,Visit,Approach,Purchase,Satisfactionと英語も書き足した。 高山は、安部野が書いたチャートをじっと見ていた。

「今の『ハニーディップ』の店は、お客様が、このサイクルから外側にこぼれていく状態なのだろうな」

「外にこぼれないように、ちゃんと次に進むように、手を打てということですね」

「そうだ。いかに『認知』してもらい『来店』につなげ、売り場まで『接近』して『購買』して『満足』してもらうか。まずはこのモデルを頭に置いて現場で考えてみたらいい。すぐに実行できるアイデアが出るかもしれない」

「わかりました」

 高山は安部野の事務所を出て、研修の時の売り場を頭の中でイメージしながら、荻窪駅に向かって歩いて行った。

(つづく

※本連載は(月)(水)(金)に掲載いたします。


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