地獄のトレーニング
「『虎の穴』って、知ってますか?」
ヒカリが聞くと、皆川は小声で答えた。
「誰から聞いたの?」
「一緒に入社した男子からです」
「そう…」
皆川は話すか話すまいかと一瞬躊躇した。
「それは海野社長がつけたんだ。昔、あるプロレス漫画があってね。レスラーを養成する道場が『虎の穴』と呼ばれていた。過酷なトレーニングを最後まで耐え抜いた若者はほんのわずか。ほとんどは地獄のようなトレーニングに耐えきれずにやめていくか、命を落としてしまう。そんな話だったな」
「海野さんは、コンサルタントの虎の穴を作ろうとしたんですか?」
ヒカリは、なんて子供っぽい人なんだろうと思った。
「それもある。でも、本当の理由は…。海野さんから聞いたわけではないんだけど、あの人のニューコンに対する劣等感がそうさせたのかな」
「でも海野さんって、ニューコンの社外取締役なんですよね?」
「その通り。君も知っているようにニューコンは一流大学卒でないと入れないんだ。でも、海野さんは二流の私立大学を出ただけ。彼は卒業して事業会社に入った。そこで生産管理とシステム導入の経験を積んで、コンサルタントとして独立したんだよ」
「そうだったんですね」
「ある時ニューコンが主宰する勉強会で前原さんと知り会った。ニューコンに舞い込んでくるのはいつもきれいな仕事ばかりじゃない。しかし、そうした仕事を断ってばかりでは、経営は成り立たない。それで、前原さんは海野さんにヤバい仕事を丸投げして、報酬の一部を中抜きすることを思いついた。海野さんは見返りとして、社外取締役と研修機関の地位を手に入れたというわけだ」
「それで、この研修を無事に終えて、ニューコンに戻れたのは何人ですか?」
皆川は一瞬躊躇して、こう続けた。
「今年で5年目だけど、まだゼロだね。ただ村西さんがやめずにいるけど」
「ゼロって、どういうことなんですか?」
「はっきり言えば、エリートに対するイジメだよ。それが『虎の穴』の本当の目的さ」
すると皆川は急に話題を変えた。
「そうそう、シニアパートナーの海野さんに挨拶しなくてはね」