翌日、俺は気が滅入っていた。こんな大事件になるなんて思ってもいなかった。俺の人生はずっとそんな感じだ。たいしたことないと思って何か言ったりしたりすると、世間が大騒ぎする。自分の起こした反応が自分の職業人生を左右するなんて思っていなかった。後々の自分にどんな影響を及ぼすか、考えるべきだったのかもしれないが、俺はそういう人間じゃない。

 負けると思ったから噛みついたんだ、と世間は言った。ばか言っちゃいけない。それなら最初の試合でやっていた。負けたときはかならず男らしく負けを認めたし、座り込んで抗議したことなんて一度もない。卑劣漢呼ばわりされる筋合いなんてなかった。腹が立ったんだ。怒り狂って、冷静さを失った。イヴェンダー・ホリフィールドの耳に噛みついたのは、あの瞬間、怒りにのみ込まれていたからだ。

 だが、話題を避けて通ることはできない。『スポーツ・イラストレイテッド』誌は表紙に“狂人!”という大見出しをつけた。クリントン大統領は「怖かった」とコメントを出した。世間はデイヴィッド・レターマンとジェイ・レノを引き合いにジョークを言った。俺は“スポーツマン・オブ・ザ・イヤー[耳]”にノミネートされた。ペイ・パー・チュー[噛む]向きの試合だったと言われた。マスコミは永久追放を求めた。“汚い”“最低”“むかつく”“けだもの”“ぞっとする”“卑劣”“人食い”と、罵声を浴びせられた。しかし、何を言われても気にしなかった。どのみち自分に不利な状況は出来上がっている――そんな気が前からしていた。

(続く)