史上最強のヘビー級チャンピオンとも言われるマイク・タイソン。彼がその激動の人生を語った『真相──マイク・タイソン自伝』の邦訳版がついに発売! 本連載では彼にまつわる数々の伝説の“真相”を、同書から抜粋して紹介します。
第2回は、少年院に送致された彼がボクシングに興味を持ち、伝説のトレーナーと運命の出会いを果たす場面(まさに、リアル「あしたのジョー」!)をお送りします!
ボクシングとの出会い
ボビー・スチュワートは屈強なアイルランド系で、体重170ポンドくらいの元プロボクサーだった。全米アマチュア王者にもなったほどの腕前だ。懲罰房に入っているときに職員から、仲間にボクシングの元チャンピオンがいて、子どもたちにボクシングを教えているという話は聞いていた。あそこの職員は不思議なことに、みんな俺によくしてくれた。彼らの仲間というその元ボクサーも、もしかしたらアリみたいなすごい男なんじゃないかと思い、会ってみたくなった。
1966年生まれ。アメリカ合衆国の元プロボクサー。1986年にWBCヘビー級王座を獲得、史上最年少のヘビー級チャンピオンとなる。その後WBA、IBFのタイトルを得てヘビー級3団体統一チャンピオンとして君臨。しかし2003年に暴行罪によって有罪判決を受けるなど数々のトラブルを巻き起こし、ボクシング界から引退。アルコール・麻薬・セックス中毒のどん底状態から過去の自分を反省し、自己の人生を語るワンマンショーで成功を収め、新たな幸せと尊敬を得る。2011年、国際ボクシング殿堂入りを果たす。2013年に『真相:マイク・タイソン自伝』を上梓。(Photo:(c)Ken Regan/Camera 5)
ある晩、自分の部屋にいたら、ドアにぎょっとするような大きなノックの音が響いた。ドアを開けると巨漢が立っていて、ボビー・スチュワートと名乗った。
「おい、お前、俺と話がしたいんだって?」と、どら声で言う。
「ボクサーになりたいんだ」と、俺は言った。
「みんなそう言うんだよ。だが、本気でボクサーになろうなんて根性のあるやつは1人もいなかった」と、彼は言った。「お前が態度を改めて、周囲に敬意を払えるような男になったら、相手をしてやってもいいぞ」
こうして、俺は本腰を入れ始めた。こと勉強にかけてはこの世でいちばん適性がないだろう俺が、模範的な優等生を目指したんだ。言葉づかいも「はい、わかりました」とか「いいえ、先生」と改めて、模範的な行動を心がけた。1ヵ月かかったが、ついにスチュワート教官に認めてもらえるだけの優等単位が取れた。なんとしても挑戦したかったんだ。ボビー・スチュワートを叩きのめせるという絶対の自信があった。そうすれば少年院じゅうの連中が俺に従うはずだ。
収監されている少年たちが興味津々で集まってきた。これだ、この感覚だ。みんなの前でこの男を倒して、拍手喝采を浴びてやる。
スチュワートと向き合うと、すぐに腕を振り回して連打した。教官はガードに徹した。打って、打って、打ちまくったがパンチがかする気配さえない。おかしいな、そう思った瞬間、彼は突然するりと俺のわきをすり抜け、胃袋に鋭いパンチをめり込ませた。
「うっ。うえっ、おえーっ」過去2年間で食ったものをすべて吐き出したような感じだった。“いったいなんだ、この感覚は?”当時はボクシングのことを何も知らなかった。腹を殴られると人間はしばらく息ができなくなるが、それは一瞬のことだ。今はそれを知っているが、あのときは知らなかった。このまま息ができず、死んでしまうんじゃないかと本気で思った。呼吸困難に陥ったまま、ただ胃袋の中身を吐き出すことしかできなかった。身の毛のよだつ体験だったよ。
「起きろ、終わりだ」ボビー・スチュワートがどら声で言った。