更生施設へ

 10月の終わり、モスクワから戻ってきた療法士のマリリンとフェニックスで昼飯を食った。店に座っていたら別の席にすごくきれいな若い女がいたから、食事代を持つとウェイターに言うと、女は俺たちのテーブルにやってきて電話番号を教えてくれた。

地獄への一本道<br />自己破産から完全なコカイン中毒へ療法士のマリリン・マレー。彼女がのちにタイソンの救世主となる。(Photo:courtesy of Mike and Kiki Tyson)

 彼女が立ち去ったあと、しばらくマリリンは無言でいた。それから口を開いた。

「賭けてもいいわ。あなたは絶対、更生(リハビリ)施設に6週間いられない」

 この台詞が俺のマッチョ心に火をつけた。

「ばか言っちゃいけない。6週間くらい屁でもないさ。俺は意志が強いんだ」

 じつを言うと、俺もなんとかしなくちゃいけないと真剣に思っていた。子どもたちとの関係が悪化し、子どもの母親たちとの関係が悪化し、大勢の友達とも関係が悪化していた。俺といるときビクビクしているやつらもいた。

 ちょうどイギリスで6週間、懇親会(ミート&グリート)ツアーに出るところだった。スターと会って、握手や写真撮影ができる催しだ。フェニックスに戻るまでに準備を整えよう。ツアー中は麻薬を(マリファナまで)断つことに決めた。決めたからには自制した。コカインもマリファナも断ち、酒まで断った。

 そのときだ、大変なことになっているのに気がついたのは。最初の2週間くらいは完全に正気を失っていた。ホテルの部屋を壊し、半狂乱になった。それでも、麻薬には手をつけない。悲惨な旅だったが、麻薬には1度も手を出さなかった。おかげでフェニックスに戻ったときは、すっかりクリーンになって、更生施設に入る準備ができていた。深刻な禁断症状も何度かくぐっていた。

 マリリンに連れられて、〈ザ・メドウズ〉と呼ばれる施設に行った。中に入ったとたん、更生施設じゃなくて刑務所じゃないかと思ったよ。厚顔無恥なうさん臭いやつらから質問攻めに遭った。

「どれくらい前から麻薬をやっていますか?」

「どんな麻薬を使ってきましたか?」

「麻薬を使用するきっかけになったのは、どういう状況でした?」

「子どものころはどんな家庭生活を送っていましたか?」

「ひょっとして、あなたは同性愛者ですか?」

 ちきしょう、気に障る質問をとめどなく浴びせてきやがる。見ず知らずのやつにこんなずけずけ質問されて、答えると思っているのか。自分の本性や悪魔たちとの関係に取り組むなんて真っ平ごめんだ。

「人の頭に勝手に入り込みやがって。どいつもこいつも、いいかげんにしろ! 偉そうな口たたくんじゃねえ。白いごみ野郎が!」

 そう言って、次の日には出ていった。

(終わり)

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