1909年7月、貞奴所長のこの養成所は帝劇が所有することになり、名称を帝国劇場附属技芸学校へ変更する。音二郎は帝劇開場の1911年に没する。もともと2年制の養成所の卒業生は帝劇か、あるいは養成所が指定する劇場に出演することになっていたそうだ。

 第1期の生徒は15人で、そのまま帝劇に移り、帝劇附属技芸学校の生徒として11人が卒業した。1923年卒業の第7期生まで、58人の「帝劇女優」が誕生することになる。この帝劇女優のために多くの作品を書いたのが、帝劇取締役文芸担当の益田太郎、脚本家としてのペンネーム益田太郎冠者だった(高橋正雄『喜劇の殿様――益田太郎冠者伝』角川選書、2002による)。

 ちなみに、貞奴は音二郎の没後、帝劇取締役でもあった福沢桃介(1868-1938)の愛人となり、桃介の晩年は2人で名古屋の屋敷で暮らしていた。桃介は福沢諭吉の女婿で、電力会社をいくつも設立した辣腕経営者でもある。欧州でも有名な女優だった貞奴については、またいずれくわしく紹介する。

三浦環「カヴァレリア・ルスティカーナ」初演

帝国劇場プログラム
10月1日~25日

「姉と妹」(佐藤紅緑作)
「世継曾我」(近松門左衛門作、岡本綺堂脚色)
「胡蝶の夢」(松居松葉作)
「結婚反対倶楽部」(松居松葉作)
「ムーンライト・ドリーム」(ソロダンス)
「鎌倉武士」(右田寅彦作)

帝国劇場開場2年間のプログラムで俄然注目された<br />三浦環の出演は5回、独唱から歌劇まで(1911-12年)三浦環(1941年12月20日、21日演奏会チラシより)

 帝劇女優多数に柴田環(三浦環)が「胡蝶の夢」に加入。「胡蝶の夢」は東京音楽学校のドイツ人チェロ教授、ハインリヒ・ヴェルクマイスター(1883-1936)が作曲したオリジナル歌劇・バレエ音楽。環は「春の女神」役、帝劇女優の藤間房子が「雄蝶」、音羽かね子が「雌蝶」、ほかの帝劇女優が合唱とバレエ、管弦楽は帝劇管弦楽部だった。

11月28日~12月4日
「人形の家」(イプセン作、島村抱月訳)

「寒山拾得」(坪内逍遥作)
「お七吉三(坪内逍遥作)
「ヴェニスの商人」(シェイクスピア作、坪内逍遥訳)

 文芸協会=松井須磨子、坪井くに子、上田洋一ほか。連載第34回参照。ノラ役の須磨子が大きな評判となり、注目が集まる。

12月15日~1月3日
「児ヶ淵」(岡本綺堂作)
「百年前と今日」
「雪の夜」(佐藤紅緑作)
「カヴァレリア・ルスティカーナ」(マスカーニ)
「女優募集」(松尾駿河町人作)
「奴戻駕」(桜田治助作詞)
「ミステリースケッチ」(ゼ・レッド)

「カヴァレリア・ルスティカーナ」に柴田環(三浦環)とアドルフォ・サルコリー(テノール)出演。オリジナル女優劇のあいだにピエトロ・マスカーニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」(1890初演)を抜粋して上演。環とサルコリーによる二重唱の録音が残っている。