料理の達人が始めた蕎麦料理は、繁華街に“オアシス”のような別世界を作りました。昼はミシュランの腕が打ち上げる蕎麦コース。夜はミシュラン一つ星の懐石料理。「ひろ作」のオーラは目には眩しいかもしれません。
(1)店のオーラ
料理と蕎麦の美味を伝える熱い思い
いつの頃からか、「ひろ作」はランチブロガーたちに“新橋のオアシス“と呼ばれていました。
“一級品の食材と手の込んだ料理、そして美しく輝きのある蕎麦”そのランチコースは密かにこの界隈のビジネスマンやOLたちに、心が潤うようなひと時を与えてくれていたのです。
僕も月に2回ほどは「ひろ作」のお昼を楽しみにしていた一人でした。しかし、噂がネットなどで広がるにつれ、この数年ほどは、徐々に混み始めていました。突然、その状況が一変するような出来事が起こります。
割烹料理「ひろ作」がミシュラン2008年版の一つ星にラインアップされたのです。夜の懐石料理での評価でしたが、一昨年の暮れからお昼の蕎麦コースがゴールドチケットになってしまったのです。4人席のテーブルとカウンターで9席しかありませんから、あっという間に満席になります。
新橋の繁華街の脇道にあるひっそりとした佇まいの店。ランチブロガーたちのあこがれの暖簾です。 |
店の前に行列ができる日が続き、3週間前でも電話予約が取れなくなりました。
「ひろ作」は元々、接待客が中心の高級懐石料理の店でした。夜の客だけで充分商売が成り立っていました。
その亭主が、ある日蕎麦打ちの“罠”にはまりました。
1998年、長野冬季オリンピックの前年、12年前のことでした。蕎麦好きのお得意客に連れられて、善光寺に立ち寄った折、近くの蕎麦屋に入ったそうです。
「洗練された蕎麦にドーンと当たって、一瞬ぐらりと来ました」
「ひろ作」の亭主の渡辺聡(さとし)さんがその時のことを振り返ります。
帰ってからというもの、大きめのまな板とすりこぎ棒を相手に蕎麦粉との戦いが始まったそうです。
そのうち、ある客は小さな手挽き石臼をくれる、ある客は蕎麦の延し棒をくれる、大変な騒ぎになりました。
客は役員クラスが多く舌が肥えていて、蕎麦に詳しい人が揃っていました。中には玄人はだしの蕎麦を打つ人もいたそうです。渡辺さんも当時2万円ほどした蕎麦の技術本を買ってきて、打ち方を理論的に覚え始めました。結局渡辺さんは独学で蕎麦打ちをマスターしてしまいました。
それを聞きつけた夜の客たちが“昼に蕎麦を食わせろ”と言い始めたのです。