統合が総合か それが問題だ
分権組織が生み出す不思議な商品

 いろいろ文句を並べてしまったような気もするが、コンピュータ会社に限らず、ずらずら病にかかっているところは多い。この病の本質は、「総合」はできても「統合」ができないという組織問題に由来している。

 総合と統合、似たような言葉だが意味合いが少し違う。いろいろ異なるものが一つの傘の下に同時に並存しているのを総合という。総合商社の総合が一番イメージしやすいだろう。きわめて分権的である。一方、統合とは、戦略やコンセプトやのもとに各要素が収れんしてまとまっていくことを言う。その結果、統合では不必要なものは排除され、戦略やコンセプトに合わせて各要素が整合的にまとめられる。そして、こちらは極めて集権的である。もし集権的に全権を持っているマネジャーがいれば、外の会社と交渉するときに、そのマネジャーだけが行けばいいが、こういうマネジャーがいない会社はコンピュータ会社のように、ずらずらといろんな人を引き連れて行くことになる、

 たとえば、消費財企業にはブランドマネジャーという職種がある。教科書的には、自分の担当しているブランド商品の全体の責任者であり、設定されたコンセプトに合わせて製造や広告宣伝などすべての機能がその指揮下にはいって最適化され、統合されていく。世界的な優良企業などでは皆このようになっている。究極のブランドマネジャーは、スティーブ・ジョブズということになるだろう。

 一方、日本企業の場合、ブランドマネジャーとは名ばかりで、実際には広告宣伝担当マネジャーのことが多い。製造や研究開発など別の部署に対して何かを指示する権限はもたず、せいぜい、このようにしてほしいとお願いするに過ぎない。結局、研究は研究、開発は開発、製造は製造、宣伝は宣伝、販売は販売が独自にいろいろ考える中で、全体の方向性のようなものに合わせて、総合的に連動しながら商品やサービスを作り販売しているのだ。