岸見 「いまこの瞬間から幸せになれる」とは、要するに人生を先延ばしにしてはいけない、ということです。人生にリハーサルはないのだし、すでに本番は始まっている。「いま、この瞬間」がすでに本番なのだと。そこまで聞かされると、もう後戻りはできないと思いました。
古賀 数ある心理学の一流派としてではなく、ひとつの哲学としてアドラーの思想に向き合ったわけですね。
岸見 ええ。わたしの中でアドラー心理学は、ギリシア哲学と地続きにある思想です。たとえば、アドラーの唱える目的論。これは哲学の世界ではプラトンの時代から語られていることなんですね。しかしアドラーは、目的論を臨床にまで応用していた。つまり、具体的な対人関係の解決に目的論を採用していた。これは、ソクラテスにもプラトンにもできなかったことですし、長年哲学の道を歩んできたわたしも大いに驚きました。
──これだけ根強い支持の背景には、その哲学的な奥行きが関係しているのかもしれません。
古賀 普通、心理学の本といえば「●●効果」とか「▲▲の法則」みたいな雑学的知識が並んだものが多いですよね。個人的にはそういう本も好きですが、アドラーの思想や『嫌われる勇気』は、心理学と呼ぶにはあまりに異色すぎると思います。
岸見 講演会に参加してくださる読者の方々からは、「この本だけは何度もくり返し読んでいる」という声をよく聞きます。わたしも本が好きだからわかりますが、再読に耐えうる本は、意外と少ない。この本が再読するたびに発見のある、一過性のブームに終わらない一冊になったのだとしたら、そんなにうれしいことはありません。
古賀 そうですね。ベストセラーと呼ばれるような本になってくれたことはほんとうにありがたいのですが、単なる「アドラーブーム」に終わらせたくない気持ちは強くあります。
(後編に続く)
※『嫌われる勇気』公式サイトも是非ご覧ください。