まずは1つ目だ。

 日時が12月5日から6日に変わった頃、国営新華社通信は周永康氏の党籍を剥奪し、刑事責任を追及するという記事を配信した。5日、中国共産党の最高意思決定機関である中央政治局が、中央規律検査委員会(書記・王岐山)から上がってきた《周永康が犯した重大な規律違反に関する審査報告》を審議した上で決定を下した。この政治的決定を受けて、最高人民検察院は周永康逮捕に踏み切ったのである。

 中央規律検査委員会の捜査によれば、周氏は「党の政治規律、組織規律、保秘規律に重大な違反を犯した」。“重大な規律違反”は、権力乱用、収賄、金銭・女性問題、そして党と国家の秘密漏洩などに及んだ。「周永康の行動は党のイメージを著しく傷つけ、党と人民の事業に重大な損失をもたらした。その影響は極めて悪質である」(同委員会)。

 次に2つ目である。

 12月22日、胡錦濤時代、同国家主席の右腕(中央弁公庁主任)として仕え、一時は2012年、あるいは2017年時における中央政治局常務委員入りも目された令計画全国政治協商会議副主席兼中央統一戦線部部長がついに“落馬”した。

 余談になるが、中国共産党政治をめぐる権力関係や組織構造に与えるインパクトという観点から、2012年11月に習近平氏が総書記・中央軍事委員会主席に就任して以来“落馬”した3大人物を挙げるとすれば、上記の周永康、令計画、そして徐才厚中央軍事委員会元副主席だと私はレビューしている。

 そもそも、令計画は胡錦濤時代に、中国共産党体制内では日本の官房長官ほどに重要な中央弁公庁主任という役職を務めておきながら、習近平時代になって全国政治協商会議副主席兼統一戦線部長を務めることになったのはあからさまな“降格”であり、ある種の“左遷”を意味していた。

 薄煕来・周永康両氏との複雑・微妙な関係や、息子の“フェラーリ事件”などを通じて「令計画が落馬するのは時間の問題」という推測が以前から流布していた。

 2014年6月には実兄・令政策山西省政治協商会議副主席が“落馬”しており、令計画は実兄を守れなかった。中国メディアが「令計画の政治生命は終わった」と評した“令計画落馬”の直後には、令夫人の実弟・谷源旭黒竜江省公安庁副庁長が検察に連行されている。これによって、「令一族の政治運命は終わった」(共産党関係者)。