ビートでジャンプ

 まずは、グラミー賞も10回目を迎えた1968年を振り返ります。

 主要4部門の一つである最優秀レコード賞は、黒人新人グループ、フィフス・ディメンションの“ビートでジャンプ”(写真)でした。原題は「Up, Up and Away」。今は無きTWA航空(Trans World Airline)のCMソングでもありました。

 軽快なビートに乗った旋律と、印象深い男女混声コーラス。曲の内容は、美しい気球に乗って空の向こうまで飛んでいきませんか?という、現実世界とは無縁のお伽話です。

 なぜ、この曲が大ヒットしたかといえば、当時の米国の社会情勢に繋がります。1968年といえば、ベトナム戦争と公民権運動の真っ最中でした。

 難しい問題は忘れたい、ここではないどこかに飛んで行けば爽快だ―― 人々のそんな感覚を呼び起こし、大ヒットに繋がったのでしょう。音楽と社会の関係は実に興味深いものです。

 更に、“ビートでジャンプ”は計算され尽くした名曲でもあります。それは、当時のポップス黄金率に従った2分40秒という演奏時間。今の感覚では、あっと言う間に曲が終わってしまうので、「もっと聴きたい」という欲望が残るのです。ちなみに、初期のビートルズのヒット曲もみな3分未満でした。

 実力はあるのに売れない日々を過ごしていたフィフス・ディメンションが目指したのは、当時人気絶頂だったママス&パパスの黒人版でした。それが見事的中し、ビルボード誌では1967年5月に最高7位まで上昇しました。

 作詞・作曲を担当したのは当時全く無名のジミー・ウェブ20歳。後年、グレン・キャンベルが歌った“恋のフェニックス”でグラミー賞最優秀楽曲賞も獲得するソングライターの最初の成功でした。

明日に架ける橋

 その3年後、1971年のグラミー賞は、サイモン&ガーファンクル(S&G)の「明日に架ける橋」(写真)が独占しました。最優秀アルバム、最優秀レコード、最優秀楽曲の3冠王です。

「明日に架ける橋」は、S&Gの最高傑作というだけでなく、ポップミュージックが到達した最高峰アルバムといえます。音楽の質を極限まで高めた上、商業的な成功も得るという至難の業を実現させたのは、作詞作曲家、プロデューサー、歌手、ギタリストとして八面六臂で活躍する当時27歳のポール・サイモンの巨大な才能によるものです。