そうした中、銀座テーラーでは、失われつつある職人の技を残そうと若い職人を育てています。伝統の技術はどのように伝えられているのでしょうか。専務取締役の鰐渕祥子さん、常務取締役で工場長、裁断士の中山由紀雄さんにお話を伺いました。

「スーツの型紙に直線はほとんどない」

 銀座テーラーのハンドメイドスーツは、銀座並木通りにある店舗の上の工房でつくられています。工房が銀座の店舗と同じビルにあるのは、顧客の要望を直接、つくり手に伝えるため。

 工房には、採寸、型紙作成、仮縫いを行う裁断士2 名と、手縫いでスーツを仕立てる8名の縫製士が働いています。そのうち、裁断士2 名、縫製士4名は60 ~ 70 代。そんな大ベテランと共に20、30 代の若手の縫製師4名が働いています。

「スーツの型紙に、直線はほとんどないんですよ。人間の身体は丸みを帯びていて真っ直ぐな部分はないですから」と、型紙を見せてくださったのはこの道40 年の裁断士、中山さんです。

 まずは中山さんにスーツの製作工程を伺いました。

ハンドメイドスーツはこうやってできる!
1.採寸 ~体型、好みのジャストフィットをキメる
顧客に生地を選んでもらい、デザインを決めた後、裁断士が寸法を採る。その際は、なで肩、いかり肩、屈伸体、反身体、左右差などさまざまな身体的特徴を把握。好みの着心地、シルエットなど顧客の要望をできるだけ引き出す。
2.型紙作成 ~CADでは表現できない微妙な丸みをつくり出す
採寸した内容をもとに、手描きで型紙を起こす。既成服のパターンづくりに使われるCADなどは用いず、角尺と独特なカーブのついたものさしなどを駆使して顧客の好みを反映した型紙をつくる。手描きの型紙は、CADでは表現できない微妙な丸みを出すことができるという。
3.裁断 ~絶対に失敗できない一発ワザ
型紙に合わせて生地を裁断。用いられる生地は高級な織物なので、失敗は許されない。その後、アイロンで平らな生地に立体的な丸みをつける「癖取り」を行う。
4.仮縫い ~着る人とつくり手の共同作業
仮縫いをして、顧客に実際に着てもらう。サイズや着心地、ポケットやボタン位置などを確認、補正した後、裏地やボタン類、指示書を添えて縫製士に渡す。
5.縫製 ~裏地からボタンホールまで手縫いで
縫製士が裁断士から渡された洋服地を、裏地つけからボタンホールまで手縫いで仕立てていく。ミシンを使う部分はごく一部。熟練した職人は、スーツ1着を約5日で縫い上げる。

「歳月と忍耐」は人を育てない?

 一つひとつ全て手作業で仕上げていく熟練の技を身につけるためには当然時間がかかります。中山さんも、「私の場合、一通り縫製ができるようになるのに10年。裁断までやれるようになるには15 年かかりました」と話します。