ここ十数年、「価値観共有」を唱える企業が増えている。経営者をはじめ、社員たちが志を1つにして仕事をし、組織の発展を願うものだ。企業の経営を考えると当然のことなのだろうが、筆者が取材を進めると、ここにもホンネとタテマエの病巣が見える。今回は、その暗部を摘出したい。
「ウチらは……」「ウチの会社は……」
元不動産会社社員が覚えた違和感の正体
ここは、創業50年を越える不動産会社(正社員150人)。業績はここ二十数年、一貫して横ばい状態が続く。
恒例の行事が始まった。退職する社員が様々な部署を尋ね、別れの挨拶をするものだ。聞くところによると、1970年代から続いているらしい。今日は、営業課に籍を置いていた福本(32歳)が退職する。180センチ近い背を少し折り曲げて、のそのそと経営企画室に現れた。かすかに聞こえる声で、「お世話になりました」とつぶやく。
室長(課長級)は椅子に座ったまま、「おお……」と小さな声をかける。やりとりはわずか数秒。福本が拍子抜けした表情で、「はあ……」と答える。「頑張れよ」などと、踏み込んだ言葉を求めていたのかもしれない。非管理職の数人は黙ったまま、数秒頭を下げて会釈をする。あれほど親しかったのに、いざ辞めるとなると、みんながよそ者のように扱う。
福本は総務部、経理課なども回り、150人ほどの社員に挨拶をした。それぞれの部署の管理職は、「おお……」と声をかけるだけだ。非管理職たちは上司から命令を受けているかのごとく、黙ったまま軽く会釈をする。一切話そうとしない。
福本はこの会社に新卒で入社し、10年近く勤務した。辞表を出して社内に挨拶回りをすることについて、数日前から緊張していた。しかし、拍子抜けした。
「会社って、何だろうと思った。10年いて、たったこれだけ。在籍中は、社長や役員は『みんなで心を1つに』とか『価値観を共有しよう』といつも話していた。だけど辞めるときは、完全なよそ者扱い。つくづく、ウチとソトの意識を感じた」
かねてから、社員たちが自社のことを「ウチ」、他の会社のことを「ソト」と考えているように感じていたという。たとえば、会議の場や職場で話し合うときに、決まって「ウチらは……」「ウチの会社は……」と社員が口にするのを聞いた。社長や役員も集会や忘年会で、「ウチは……」と連呼する。社内報にも、多くの社員たちが「ウチの会社は……」といった言葉を書く。これらは、徹底していたようだ。福本には、その姿が特殊な宗教団体に見えることすらあったという。