こうして6人の子どもたちが訴えるたびに、会場からは拍手が起こった。涙ぐむ参加者の姿もあった。

 地域の住民からも「犠牲になった74人の子どもたちは“助けて”と叫んだと思う。あの校舎には、そんな子どもたちの思いがぎっしり詰まっているはず。うやむやにしてはならない。校舎をなくしたら、いくら語り部が言っても実感がわかなくなる」などと、校舎の保存を訴える声があった。

解体に賛成する遺族からは
「通るたびつらい」「維持費用は?」の声も

校舎を保存した場合の「釜谷地区(鎮魂の森)」計画図
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 一方、校舎の解体に賛成する立場からも、児童の遺族がこう意見を訴えた。

「あそこは亡くなった方々に手を合わせ、心安らかに思い出を語れるような場にしてほしいと思っています。自然豊かな大川を表すような公園にしていただきたい。決して、負の遺産として残してはいけないと、私は思います。現在、大川小の問題では、市も県も国も責任を取れていない状況です。そんなところに保存を依頼して大丈夫なのか。仮にお金を集めたとしても、100年後、200年後を考えたとき、これから大川を背負っていく子どもたちに、そのことを背負わせることはできない。亡くなった子たちが、あの校舎を見て苦しんでいる親の姿を見て喜ぶのかどうか。生きている人間が笑顔でいられるようにやることも大事なことなのではないか」

 また、家族が学校に逃げようとして、壁で命を絶ったという住民からは「いつもあそこを通るたび、家族が亡くなったかと思うと、とてもつらくてたまりません」という発言もあった。

 意見を表明しなかった参加者の中にも、

「校舎を震災遺構として残すにしても、ずっと先まで維持するための費用を寄付だけで賄えるのか?これから誰が遺構を支えていくのか?」

 と、将来を危惧しつつも、「解体を求める意見も聞けて、良かったと思う」といった感想が聞かれた。