『統計学が最強の学問である』の著者・西内啓氏が、統計学をテーマにさまざまなゲストと対談する連載。今回は、総務省統計局の前局長、現研修所長の須江雅彦氏をゲストに迎えてお送りするシリーズの最終回です。そもそも「公的統計」とはなんなのか。それが国にとってどういう意味を持つのか。そして西内さんも愛用するe-Statなど、統計局の提供するさまざまなデータのサービスについて掘り下げていきます。(構成:崎谷美穂)
国の力そのものが表れる公的統計
西内 改めておうかがいしたいのですが、そもそも統計局で扱っている「公的統計」とはなんなのでしょう?
須江 言葉の意味としては、公的機関が作成する統計のことを指します。国が作成する統計のうち、特に重要なものは基幹統計と呼ばれ、国勢統計や住宅・土地統計、労働力統計、小売物価統計、家計統計、人口動態統計、学校基本統計など、合計55の統計があります。
西内 統計局で作成しているのは、国勢統計や、労働力、物価(CPI)、家計に関する主要経済統計などですよね。
須江 はい。太古の昔から、国家を統治するために、人口や世帯、土地、産物の内容やその取れ高などの財政運営や軍事のための情報を集めてきました。これが、公的統計の基本です。民主主義国家となった現代、データは国や地域の運営のためだけでなく、ビジネスや研究、教育、メディアなどでも広く使われるようになりました。公的統計は自分たちの社会が今どういう状態なのかを正しく理解するための基礎データ、社会の情報基盤なんです。
西内 国力とはなにかが、わかるわけですね。
須江 私たちは諸外国の統計能力向上のための支援などもしていますが、やはり開発途上国ではしっかりとした統計がとれなかったり、データをとっても出さなかったりということが起きます。そういう国々には、企業も安心して投資することができない。経済発展していくためには、国家運営のベースとしての公的統計が不可欠なんです。
西内 日本も昔は、ちゃんとした統計がとれていなかったんですか?
須江 近代日本では幸いなことに、早くから中央統計機関が設置されました。明治4年(1871年)からですね。最初はさすがにきっちりとした調査統計はできませんでしたけど、地方から集めた情報をまとめて何とか国全体の状況を把握していたようです。岩倉具視らが同年にアメリカ合衆国やヨーロッパ諸国に派遣されたときも、「国勢要覧」という総合統計書を持っていってます。日本という国は、人口3200万人くらいで、軍艦は何艘あって……と、人口・面積、兵力など日本という国の概要がわかるデータ集です。
西内 そんな昔から、国内の情報を把握しておくことの重要性が認識されていたんですね。
須江 そこから、欧米のような統計調査がどうやったらできるのか研究しながら、公的統計を発展させてきました。途中日露戦争などもあり、第1回の国勢調査が行なわれたのは、それから50年ほど経った大正9年(1920年)です。
西内 国勢調査というのは国内の人口や世帯の実態を把握するための調査ですよね。これってマイナンバー制などが導入されたら、やり方が大きく変わったりするんでしょうか?
須江 やはり登録されている住所と、実際住んでいるところが違うケースって結構たくさんあるんですよ。進学で下宿したり、地方や海外での勤務が予想以上に長引いたり、期間労働で家族と離れに移転する場合など、わざわざ住民票を移さない人がいらっしゃるんです。だから、居住実態に即して社会の実態がどうなっているのか把握するためには、国勢調査しかないんですよ。移動の自由がある国でナンバー制を導入しても人口の多い国では、国勢調査はやめていません。
また、教育や労働の状況などの行政運営上必要な多くの情報は、今のところマイナンバーでは取れない国が多いのです。
「そのデータ、調査しなくてもe-Statにもうあります」
西内 国勢調査は、氏名や性別、家族構成などのほかに、就業状態や仕事の種類なども聞かれますよね。
須江 国民の職業分布や就業構造の変化を把握するためです。また、どの地域にどういう職業の、何歳くらいの人がいるというような分布状況を基に他の公的統計の標本設計をするためです。労働力調査など公的統計調査の大半は、標本調査です、少ない標本で国全体の状況を効率的に適正に把握していくためには、センサス(全数調査)である国勢調査は不可欠なのです。
西内 母集団から標本を抽出して調査する、という調査方法ですね。
須江 はい。労働力調査では、約10万人の調査結果から、1億2千万人の状況を統計学的に正しく推定できるようにしています。こうした、国勢調査や経済センサスなど大規模で基盤的な全数調査をやって統計を出し国や地域の状況を明らかにしていくことと、CPI(消費者物価指数)や失業率などの主要な経済指標を毎月出すことなどが、統計局のメインの仕事です。
西内 そして今、そうした統計結果をたくさんの人に使ってもらうための、統計リテラシーの普及の仕事もしている。
須江 そうです。さらに、オープンデータの取組も推進しています。e-Statなどがその例です。政府はいま、公的データをオープン化し、行政の透明性の確保とより良い行政サービスの提供、新しい雇用や付加価値の創出を促す「オープンデータ戦略」を推進していますが、この面でも統計局はトップランナーとなっています。
西内 e-Statには、いつも大変お世話になっております!(笑)
須江 活用してくださっているんですね(笑)。e-Statは政府統計の総合窓口として、各省庁で発表されているあらゆる公的統計の報告書や統計表などが閲覧・ダウンロードできます。統計調査の調査票や調査項目の定義も調べられる。そういう点では、日本は統計データの一元的な利活用推進施策がけっこう進んでいるんですよ。
西内 これ、意外と知られていませんよね。
須江 さらに、e-Stat内のデータを外部システムと連携して、機械的に取得できる環境も構築しています。つまり公的統計で作成したデータを、社内のデータベースのデータと同じように使えるんです。これにより、誰でも最新のデータで分析を進めることができます。e-Statの統計GIS(地理情報システム)機能を使えば、地図上で任意に設定したエリアの統計データを表示することもできます。中小企業や個人商店でも、自分の商圏の分析ができるようになっているんです。
西内 e-Statは本当にすごいですね。e-Statを使い倒せば、統計家にとって必要な情報のほとんどが手に入るんじゃないかと思うくらいです。でも、活用できている人があまりいないのではないかとも感じます。平日の夜間に普段検索しないような言葉でデータを探していると、e-Stat内の検索ワードランキングの1位にその言葉がランクインして、「今e-Statで検索してるの、全世界でおれだけなのかな……」と思ったことも(笑)。
須江 そうなんですか(笑)。
西内 大学の先生でもこの便利さを知らない人がいて、「先生が科研費を使って調査しようとしてる内容、すでにe-Statにありますよ!」と思うこともしょっちゅうです。また、企業が何百万円も払って調査させたデータより正確な集計結果がe-Statにあった、なんてこともよくあります。気づかれていないんです。
須江 いやあ、もっと上手に使っていただきたいですね。