特に、大阪市の「中之島モンロー主義」と呼ばれる、唯我独尊的で排他的な態度はよく知られていることだ。府と市の関係は「府市合わせ(不幸せ)」と揶揄されてきたのだ。この歴史的な経緯を考えれば、「調整会議があるからうまくいく」というのは、まったく説得力がない話だ。「橋下憎し」で府と市が100年の恩讐を超えて仲直りするのだというのなら、それはそれで結構なことだとは思うけれども、そんなお気楽な話になるわけがない。

政治学者なら「橋下独裁批判」より
「既得権益の闇」に切り込むべき

 反対派106人の学者の中には、政治学的な観点から反対論を展開した方もいる。「住民への説明が詐欺的」「政治家の取引の結果、歴史ある大阪市が消滅し、財源も権限も奪われた特別区へと解体される」「特定公政治権力がこうした危険性についての議論を隠蔽し、弾圧したままに、特定の政治的意図の下、直接住民投票でそれを強烈に推進しようとしている」「都構想についての民の声はどのように形成されてきたのかが見えていない」「いいことづくめの情報操作」「異論封じ込めの政治」「一連の橋下市長の行為は、彼の民主主義への無理解と傲慢さの表れ」などである。要するに、橋下市長の「独裁的」「反民主主義的」な政治手法に批判を集中させている。

 ただ、筆者が政治学者としての立場から指摘させてもらうと、橋下市長だけを一方的にに批判するのは、フェアではないように思う。市長を批判するのならば、同時に大阪市の、「交通局」「水道局」「環境局」のような「現業部門」の職員が非常に巨大な政治力を持つようになっていることも、検証すべきではないか。バスの運転手や、ごみ収集の職員など現業部門が、市長選などで一定の影響を与え、市長、市議といえども現業職員に容易に逆らえない雰囲気があると言われている。これは、政治学者として見過ごしてはいけない現象なのではないだろうか。

 また、橋下市長が住民投票投票日前日に、難波のデパート前での演説で「僕は税金の使い方をとことんやってきた。誰かのポケットに入っていないか。7年半やってきた。職員の給与、組合からアホ、ボケ、カスと言われ、医師会、薬剤師会、トラック協会、ナントカ協会、町内会、商店街のナントカ連盟……」と、公然と名指しした「既得権者の問題」の問題がある。よくも悪くも真正面から闘ってきた橋下市長が退陣した後、次の市長は「既得権者」の問題にどう対処したらいいのか、政治学者ならば、ぜひ意見表明してほしかったものだ。