「服薬」と「休養」。このふたつは、うつの治療でもっとも肝心なポイントと言われる。だが、薬を飲んで休み、いったん症状がよくなったとしても、ふとした拍子に病気がひょっこり顔を出すかもしれない。
とくに最近の抗うつ薬の主流は、「SSRI」という比較的副作用が少ない薬だ。これは飲みやすいうえに効き目も高く、早い人だと、2~4週間くらいで効果が出てくるそうだ。そこで「おっ、この調子ならそろそろ職場に戻れるぞ」と簡単に復職すると危険。あっというまに症状が逆戻りし、再び休職ということになりかねない。実際、うつがすっきり治ることはむしろ稀で、たいていは一進一退を繰り返しながら、少しずつ快方に向かうものだという。
再発を防ぐためには、十分に休んで治療することはもちろんだが、同時に「病気を引き起こした本当の原因」と向き合うことも必要なのではないか。
故郷の新開地を訪ね、少年時代を振り返った楠木さんは、そのことに気づいていたのだろう。子どものころの記憶を掘り起こすだけでなく、会社と自分との関係について、あらためて思いを馳せることも多くなった。
「入社した当時、社内の人々の顔つきに違和感を覚えたことがあります。一言でいえば、個性や主張の乏しい表情をしていました。それに比べて、僕の生まれ育った新開地のおっちゃんたちは、じつにいきいきとした“いい顔”をしていましたよ。零細な店ばかりだったから、明日への不安も抱えていたはずなのに。『人の顔を輝かせるのは、仕事のスキルや合理的な思考力じゃないんだなあ』と感じたものです」
早期退職と上昇志向の間で
症状がかなり影を潜め、復職も間近かと思われるようになったある朝のこと。楠木さんは、ひさしぶりに都心の雑踏の中を歩いた。彼が向かった場所――それは、ハローワークだった。