経営企画部の飯田は、今日も残業しながら経営会議の議事録をまとめていた。会議後の人事部長の言葉が頭に浮かび、飯田は顔をしかめた。
「女性をずっと働かせようとするから少子化になるんじゃないですかね。夜中まで働かせたりすれば、子どもを持とうとしても無理ですからね」
共働きの妻に聞かせたら何と言うだろうか……。「まだ仕事、ごめん」と飯田は妻にメールを打った。飯田家は共働きで、妻もかなり遅くまで働いている。今晩は妻が早く帰れると言っていた。久しぶりに一緒に夕飯を食べて帰りたいと思っていたが、無理そうだ。
ことは数時間前にさかのぼる。経営会議の終了後、最後まで席に残っていた人事部長が経営企画部長の橋本のところに寄ってきた。
「橋本さん、先ほどの社長の話ですが」
人事部長が切り出した。
「人事部としても状況を把握してから対策を考えたいので、ちょっとまだ、議事録には残さないでいただけませんか?」
「女性活用の話ですか?どうでしょうかね、相当はっきりおっしゃっていましたがね…。まあ、公開用の議事録からは削除しておきますか」
橋本は飯田の方に振り返って頷いた。
「いきなり管理職だのなんだのと書くと、誤解する人もいるから。人事関係の問題は議事録に載せるべきことではないしね」
人事部長は飯田にそう言いつけて、橋本を振り返り、ため息をついて言った。
「採用と言っても、今は技術職がほとんどですからね。現場に来たいという女の子なんていませんよ」
「店舗はどうですか?女性社員もけっこういますよね」
橋本が返すと、人事部長は顔をしかめた。
「店舗の女の子はだいたい派遣社員か事務職ですよ。あの子たちだって、子どもができたら辞めるんです。昔よりも辞める年齢が上にはなりましたがね、それでもずっと働こうなんて意識はないですよ。本社では何人か子どもを持っても辞めない子も出てきましたがね、休みの間は誰か補充しなければならないし、復帰したらしたで毎日早く帰ったり子どもが病気だと言っては休んだり、一人前に働けなくて非効率なんですよ。そういう部署では扱いに困っているんですから」
橋本が無言で聞いていると、人事部長は後で何度も橋本の頭の中で繰り返されるこの言葉を言ったのだった。
「だいたい、女性をずっと働かせようなんてするから少子化になるんじゃないですかね。夜中まで働かせたり、現場に出したりすれば、それは子どもを持とうと言っても無理ですからね。社長も、一方では少子化で市場が縮小して困るっておっしゃるじゃないですか。だったら女の子を無理にずっと働かせちゃいけないと思いますがね」
人事部長はぶつぶつ言いながら立ち去った。
飯田は議事録をまとめながら、妻が来年昇進しそうだと喜んでいたのを思い出した。それもあってか、今年は毎日帰りが遅い。飯田は33歳、同期の多くは子どもがいる。一緒に友人の子どもに会いに行った時、妻も「落ち着いたら、欲しいね」とぽつりと言っていた。少子化は先進国共通の現象じゃなかったかな、と飯田は考えた。女性の社会進出が原因という話もあったが、でも彼女に仕事のせいだなんて言ったら怒るだろうな……。ともかく早く帰ろう、と飯田は思った。
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