『投資は「きれいごと」で成功する』を上梓し、社会性と経済性は両立できることを示した、鎌倉投信ファンドマネージャー、新井和宏氏。
投資信託の世界で金融の常識を打ち破ってきた新井氏が、生命保険の世界で金融の常識を変えてきたライフネット生命・出口治明氏と、お金、企業、社会について縦横無尽に語り合い、その本質に迫る特別対談もいよいよ最終回。話題はピケティと新井氏の共通点から、指標、基準を厳格化していくことで無責任・思考停止社会が生まれるという鋭い洞察へ――。(写真:宇佐見利明)
「想い」は発信しつづけなければ伝わらない
ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長兼CEO
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。著書に、「生命保険入門 新版」(岩波書店)、「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)、「仕事に効く 教養としての『世界史』」(祥伝社)など多数。
出口 実は今日(5月18日)は、ライフネット生命の開業7周年の日なのです。
新井 え、そうなんですか! おめでとうございます。
出口 記念すべき日に新井さんとお話ができたのは、すごくうれしいです。
新井 私も光栄です。
出口 7年経って感じるのは、やはり「想い」は発信しつづけなければ伝わらない、ということです。
先週も、ファイナンシャルプランナーの方が集まるスタディグループでお話をさせていただきました。国分寺で、ご飯を食べながら、3~4時間はお話したでしょうか。その頃に、「やっとライフネットのことがわかりました」と言ってくださる。やはり、発信しつづけること、粘り強く継続していくことが必要だ、と感じました。
新井 表面的にわかっていることと、腑に落ちていることは違う。人はある意味賢いので、表面的にわかったフリをするのがうまいです。
出口 わかった気になっちゃうことも。
新井 ええ。
出口 私は、会社を作ることは、原則的には「時を告げる」ことではなく、「時を告げる時計を作ること」だと思います。しかしいくらいい時計を作ったとしても、やはり時を告げつづけなければ、社内外ともに本当の姿は伝わらない。
新井 順調に行けば行くほど、錯覚してしまいますね。うまくいかないと、人は伝えようとします。「本当はこういうことをやりたいんだ」、と。でもうまくいきはじめると、勘違いをします。
ピケティと鎌倉投信ファンドマネージャーの共通点とは
出口 それからこの本を読んだとき、私はピケティを思い浮かべました。
新井 へえ、そうですか。
出口 ただ、ピケティを手放しで「いい」と言うつもりはありません。私は、世の中は市民「全員」で作るものだと思っていますが、ピケティ本を読むと「一部のお金持ちが悪い」と、なんだかひとごとにも聞こえる。その点はどうかと思うのです。
新井 ええ。
出口 でもピケティは文学大好き人間ですが、もとは数学の天才ですから、決して情緒的ではなく、ロジカルで当たり前のことを説く。数学のプロが「数学はどうでもよくて、文学や感情が大事」と言いながらも、その実、きちんとしたことを書いている。そこが新井さんと似ているな、と。
新井 光栄です。
出口 ピケティのついでに、少しだけ民主主義の話も。
私は、民主主義はきちんとバランスがとれるようにできていると思うのです。たとえば、投票率が上がれば、ベテランでも必ずしも選挙に勝てるとは限らないなど、民意が反映される仕組みになっている。お金持ちとそうでない人の格差の解決も含めて、誰か学者の計算ではなく、民意に委ねることで機能しはじめると思うのです。
新井 はい。
出口 私は、民主主義をとても単純に理解しています。たとえば、少数の人を長時間だますことはできる。そしてナチスのように、大多数の人を短期間惑わすこともできる。でも大多数の人を長期間惑わすことは難しい、というのが民主主義のベースにあると思っています。
新井 なるほど、おっしゃる通りですね! あー、やっぱり深いなあ。
出口 そう考えると、やはり大多数の人が長い目で「この企業、潰すのは惜しい」「あった方がいい」と思ったら企業は残るのだと思うのです。