>>(上)より続く

「若者の声を聞け!」のウソ
大切なのは数より質の議論

松井雅博(まつい・まさひろ)
1979年6月14日生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。工学・教育学の2つの修士号を持つ。国家公務員1種法律職試験合格(政策秘書資格取得)。国連英検A級。マッキンゼーアンドカンパニーなどグローバル企業での勤務を経て、国会議員政策担当秘書として政界へ飛び込む。35歳の若さで、第47回衆議院議員選挙に兵庫10区(加古川市、高砂市、稲美町、播磨町)より出馬し、5万1316票を獲得するも落選。一民間人の感覚で政治の現場や裏側を見た経験を活かし、これまでブラックボックスだった政治の世界をできる限りわかりやすく面白く伝えることに情熱を燃やす

 そして、ここが本質的に最も重要な論点なのだが、「若者の声」という言葉をよく耳にするものの、若者は特に大人と変わった主張・意見を持っているわけではない。最近、20歳の若者が選挙に行けなかったことを理由に裁判を起こして、話題となった。そのこと自体は社会に問題提起し、衆目を集めるためには有効な手段だったと思うが、そこまでして選挙へ行ったとして、そもそも誰に1票を投じれば「若者の声」とやらが国政に届くのか、さっぱりわからないのが選挙の限界である。

「若者の声」とは具体的に何だろう。10代の若者が投票へ行ったところで、結局は時の与党に入れるか、有名人に入れるか、マスコミに流されるか、両親に言われた候補者に入れるか、という若者ばかりでは、なんら変化は生じない。これは若者に限らず、有権者全員にも言える問題なのだが。

 すなわち、「若者の声」なんて実は単なる綺麗なキャッチコピーでしかなく、そこに何の特徴もないのではないか、というのが筆者の問題提起である。「若者の声を聞け!」と言われても、そもそもその「若者の声」の具体的中身がなければ、聞きようがないではないか。

 ここまで、若者が選挙に行っても、良くも悪くも影響は薄いと、身も蓋もない話をしてきた。しかしながら、筆者が言いたいのは、どうせ選挙の大勢に影響を与えないなら、有権者の意識を高めるためにも、選挙権は早いうちから認められた方がいい、ということだ。極端に言えば、若者が「遊び半分」で投票したって、どうせ影響力は小さいわけで、選挙の結果を大きく揺るがさないのであれば、案ずることはないのだ。

 あえて若者に選挙権を与えることによって、若者が選挙に触れ、民主主義というものについて思考する機会が生じる。そうすれば、今はなんとも曖昧な「若者の声」も、具体性を帯びてくるきっかけになるだろう。

 つまり選挙権拡大は、選挙に行く人数を増やすことや、単なる低年齢化を目的としているのではない。数より質、選ぶ側・選ばれる側双方の質を上げるために、選挙権を拡大するという視点が大事だと筆者は思う。