日中共同声明の第2項で「中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。第3項で中華人民共和国政府は、台湾が中国人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言の第8項に基づく立場を堅持する」となりました。中国の立場を理解し尊重するという表現で、原則の二についても同意するとは表現されていない。

 というのは、台湾については周総理もそれでよかったのです。理解し、尊重するならいいと。問題は「日台条約が無効であり不法である」をどうするかということでした。大平さんは日中共同声明の調印が終わった直後に、車で各国の記者が集まる北京民族文化宮のプレスセンターに向かいました。車で10分足らずです。

 大平さんは「アー」「ウー」と考え込んで、言葉がなかなか出てこないと日本でも有名だったわけですが、そこでは日本側の結論を明確に伝えました。「共同声明にはふれられていないが、日中関係が正常化した結果、日華平和条約はすでに存在の意義を失い、終了したものと認識する。これが日本政府の見解であります」と。不法であると言わず、終了したと認識する、と。私は急いで会見場からに戻って、すぐに周総理に報告しました。大平さんの発言がとても印象深かったからです。周総理は「わかった。大平さんは信頼できる人物だ」と、ものすごく好感を抱いたようでした。

周総理の前で寝入った田中総理

 国交正常化交渉の全ての予定が終わって、次は上海に行くことになっていました。ところが、田中さんがもう上海に行く必要はないでしょうと言い出したのです。大平さんはこれを聞いてびっくりして、事前に双方が決めた日程を変えるのは、大変な失礼にあたると田中さんを説得しました。同行するかどうか決まっていなかった周総理も、二人のところに来て「田中さん、私が上海までご案内する」と言いました。

 田中さんは大変喜んで、「一つ希望があります。それはあなたの専用機で行きたい。私の専用機は先に飛ばしてそこで待ってくれればいい。私と大平くんと二階堂くんと3人であなたの専用機を使って一緒に」と。周総理は「いや、私の専用機はソ連製のイリューシン18で古いし小さい」と断りました。田中さんは「いや、専用機の問題ではございません。2日前、姫鵬飛部長と大平くんとの車中会談が大変成功しました。私も機中会談をやりたい」と言われました。このやり取りも私が唯一の証人になりました。

 それで田中総理一行と周総理、姫外相、私たち通訳が周総理の専用機に乗り込んで、上海に向かうことになったのです。

 飛行機が空港を飛び立つと、小さなテーブルを囲んで座りました。すると5分も経たないうちに、提案者の田中さんがいびきをかいて眠ってしまった。大平さんが起こそうとすると、周総理はその手を抑えて「田中さんは北京で疲れているのだから、そっとしておいてください。私とあなたで機中会談やりましょう」と。これには大平さんが大変感動しました。通常、外交では総理と総理、外相と外相ですから。

 大平さんが語った主な内容は次の通りです。「田中と私は何年か前に同盟関係を結んだ。彼は大平あっての田中である。私も田中あっての大平である。それは非常に固い同盟関係です。今回、私たちが北京で約束したことは、私たち2人が政権を担当する間、必ず全部実行するから信頼してほしい」と。

 周総理は「分かりました。信頼します」と言い、その後、大平さんが中国古典にものすごく詳しいことを打ち明け、「こんなものをつくったんですが」と漢詩をポケットから取り出しました。その漢詩はいまも外交部に保存されているはずです。とても気持ちのよい機中会談でした。