──村上春樹さんの『職業としての小説家』の初版9割買い切りに至った経緯は。

 紀伊國屋書店はもともと、出版社から直接、本を仕入れてきました。売上の1割ぐらいが直接の仕入れです。出版社を作ったけれど、取次が相手にしてくれないというケースがあるからです。(取次と取引するには)補償金もいりますし、ハードルが高い。紀伊國屋書店でどこでもいいから商品を置いてくれと出版社から頼まれるので、仕入れて売っているのです。出版社から買い取るのは今回の「職業としての小説家」が初めてではないのです。

 当社は出版もやっていて、自社の本は取次に卸しています。『職業としての小説家』も出版社から9割を買い取った後、自社で売る分以外は取次などに卸しました。東京の主要書店には直接、卸しました。東京書店組合など組合が窓口になれば、卸しましょうということで(中小の書店にも)門戸は開いています。そういうことで、全国津々浦々というわけにはいかないが、他の本屋さんにもそれなりに本を回せました。

 つまり『職業としての小説家』の取り組みはチャレンジではありましたが、それを行うための個別の商行為の多くは、当社がやってきたことであって、すでに素地があったというわけです。

──最大の目的は、買取販売を増やして利益率を高めるということでしょうか。

 私はずっと「書店の粗利は3割必要だ」と言ってきました。それがいまの流通経路で実現していれば問題ないのです。しかし、いつまでたっても粗利が上がらない。そして、返品率43~45%という非生産的な状態があります。「返品率を下げないと、利益が出ない」と出版社や取次が言うのであれば、書店も買取販売を増やして、返品率を下げることを考えなければならない。返品率を25%にすれば出版社、取次も利益が出るから、それを還元してくださいと言ってきました。しかし、総論賛成各論反対で、なかなか実現しない。それなら当社が直接、出版社から買ってみようというのが今回の試みです。直接、買うのですから条件は良くなりましたよ。

 今後、取り組みを広げていくのに、技術革新も追い風になっています。紀伊國屋書店の売上データをリアルタイムで見ることができる、パブラインという仕組みがあるので、本が何千冊売れるかを読みやすくなりました。無駄な返品を少しでも減らし、買い切ることができるようになります。

 人材面もかなり育っています。再販制がない米国などでのキャリアがある社員や外商部門の社員は、買い切りのビジネスに慣れています。買い切って、もし売れ残ったら大変だという懸念は当然出てきますが、そうした人材は「(パブラインの)データから考えれば売れるよ」と、抵抗感なく判断できます。

 ただ、これはあくまで再販制の中でのことです。いま再販制を崩すと、電子書籍でそうだったように、待っていましたとばかりにアマゾンが勝つかもしれません。再販制はやはり守りたい。しかし、硬直的にやるのではなく、再販制の中でいろんな方法を考え、応用していこうということです。

──書籍の発売後、一定期間後に値引き販売を認める時限再販制はどう見ますか。

 一つの考え方ですね。1年たったら値引きできるようにすれば、返品率を下げるのにも、新古書店との闘いにも貢献します。返品率を下げるために書店が本を売り切るには、やはり値下げしなければねらないでしょう。これを全商品ではなく、特定の商品でやればいいのではないでしょうか。書店の仕事は多品種少量販売で手間がかかりましたが、IT化が進んで、時限再販制に対応しやすくなっています。

──『職業としての小説家』の売れ行きや、その他の本の売上への波及効果はどうでしたか。

 初版は出版社が10万、その後、3万、2万と増刷して合計15万です。成功と言えるでしょう。

 書店の集客など波及効果も大きいです。村上春樹さんの他の作品も買ってくれるわけです。本屋に行って本を買ってもらおうと、さまざまな店内イベントをやってきましたが、ネット通販が強いというのが現実です。しかし、今回の取り組みは、本屋に行くと別の本との出会いがあって楽しいということを思い起こさせるという意味でも、成功だったと考えています。

 ベストセラー作家の本の新しい売り方が共感を呼んで、読者が本屋に足を運んでくれるということが起きて、たくさんの作家に広がっていくといいですね。

 (当社から直接、あるいは取次を通じて「職業としての小説家」を仕入れた)他の書店からは、「今まで村上春樹の新刊はこなかったのに今回は30冊きた」といったコメントも寄せられています。

──今回の取り組みの目的の一つに、対アマゾンということがありました。初版の10万のうち直接、ネット通販に行ったのは5000冊ということでした。しかし、アマゾンは結局、品切れにはなっていませんでした。

 当社は取次に本を販売しましたが、その先、本がどこに行ったかは分かりません。コントロールする気ももちろんありません。

 いずれにしても、アマゾンは10万円の家電などを買って得たポイントを書籍の購入に使えます。こうした強みに対して、何とか勝たないといけない。そのためにイベントを含めて、いろんなことをやっていきます。本屋を元気にするために諦めないことです。

 本の売上の8割以上は本屋によるものです。出版社も、もっと本屋を大事にしてほしいです。