『日本一周3016湯』の著者、温泉エッセイストの高橋一喜氏が、地元住民が日々利用する「共同湯」の中で、特にお薦めの湯を紹介します。温泉と旅をしんみり楽しみたい人向けに、夫婦で1泊2食付き1人1万円ほどの宿と共に、その魅力を概説します。
「本物の温泉に入りたければ共同湯を訪ねよ」というのが私の持論だ。
共同湯は、主に地元の人々が管理している温泉浴場で、地元の生活に根付いた湯。最大の魅力は温泉の質の高さにある。
温泉地が形成される初期から存在する共同湯の多くは、湯が湧き出す泉源近くにあり、新鮮な源泉がかけ流しで湯船に満たされる。
温泉街で一番鮮度の高い湯に漬かれるのに数百円あるいは無料で入浴できる。湯に漬かりながら地元の人とのんびり話をするのも旅の醍醐味だ。
幾つかの湯を紹介しよう(下表ご参照ください)。東北は共同湯の宝庫。宮城県の「川渡温泉共同浴場」は無人の浴場で、料金箱に200円を入れて入浴する。硫黄が香る緑色の濁り湯。湯船があるだけの簡素な浴室だが、アツアツの湯が湯船から溢れ出す。宿泊は温泉街の外れに佇む「山ふところの宿みやま」がお薦めだ。
黄色を帯びたぬるめの源泉は共同湯とは異なる泉質で、優しい肌触りが特徴だ。「食材は宿から半径数キロの所で収穫したものばかり」という里山料理も良い。
山形県の肘折温泉は、小さな宿が並ぶ山間の温泉地。その中心にあるのが共同湯「上の湯」。
1200年間湧き続けるという肘折温泉発祥の源泉が使われる。湯口から注がれる湯はそのまま飲めるほど新鮮だ。
安価な宿が多いが、「ゑびす屋」に宿泊すると、同宿が管理する「石抱温泉」という山中の野湯に入浴できる。大自然に抱かれる秘湯中の秘湯だ。
日本の原風景を思わせる福島県南会津に湧く木賊温泉には、混浴の共同湯「露天岩風呂」がある。
川岸にある露天風呂は、川床の岩盤が湯船として利用され、野趣溢れる。川の増水で湯小屋が破壊されるたびに、建て直すというから驚きだ。
硫黄の香る透明湯は、湯船の岩盤から直接湧き出す足元湧出泉。混浴だが、女性専用の脱衣所や湯浴み着のレンタルもある。
「旅館井筒屋」は、山菜やイワナなど山と川の幸をふんだんに味わえる手作り料理が魅力だ。
新潟県の越後湯沢温泉は、スキーリゾートのイメージが強いが、800年の歴史を持つ温泉地である。
「山の湯」は作家・川端康成も入浴した由緒正しき共同湯だ。
小説『雪国』でも描かれる「湯坂」という急坂を上っていく。透明の単純硫黄泉が100%源泉かけ流しで、豪快に湯船から溢れ出ている。泉温は熱すぎずぬるすぎず、リラックスできる気持ちのよい湯だ。
宿は「雪国の宿高半」がお薦め。川端康成が『雪国』を執筆した宿で、読書にふけるのもいい。1泊2食付きだと予算オーバーとなるので、夕食は街の食堂で済ませる手もある。