構内の移動は全てバスだった。視界に入る限りでは、事故当時嫌というほど見たがれきは影もなく、代わりに所狭しとタンクが並んでいた。毎日300トン生まれる汚染水をためるタンクだ。

 事故当初に突貫で建設したタンクはその後漏水が見つかり、より強度の高い溶接型に代える作業が続いている。

 一方、海沿いを見やると、6基の原発建屋が整然と並んでいる。無事に冷温停止した5、6号機以外は、それが原発だったことも分からない状態だが、痛々しい事故の傷痕は薄れ、それぞれの状況に応じた処置が終わっていた。

 非日常という日常──。この日、構内で何度も私の脳裏にその言葉が浮かんでは消えた。

 最初に案内されたのは、構内全体を見渡せる高台だった。

 見渡す限りタンクの山。もしかしたら、日本中の化学工場や石油タンクを集めたよりも多いのではないか。

 じりじりと照り付ける太陽の中で、「もはや、ここは発電所ではない」と思った。一方、海側を見やると、日光に映えた海は、あの日津波を引き起こしたとは想像もできないほど穏やかだった。

 その後、バスは原発建屋に向かう。水素爆発で建屋が吹っ飛んだ3号機の前で「降りてください」と言われた。

 事故の現場の真っただ中に、第一歩をしるした瞬間だった。

 あれだけの甚大な事故が起きた発電所の目の前に私は、自分の足で立っている──。それを実感するのに時間を要した。足元からじわじわと不思議なエネルギーが込み上がってくる。

 私の認識は事故直後の1Fの印象で止まっていたのに気付いた。

 至る所に、事故の爪痕は残っている。しかし、まさかこんな間近であの原発を見上げる日が来るとは思っていなかった。