「デザイン思考」や「デザイン経営」という言葉が、近年急速にビジネスに浸透した。しかし、産業界を広く見渡せば、デザインへ積極的に投資しているのは一部の大企業やベンチャー企業にとどまっているのが現状だ。今後、デザインのビジネス活用をあらゆる企業に広げていくためには何が必要だろうか。国家戦略としてのデザイン政策の今までとこれからを、経済産業省デザイン政策室 室長補佐の原川宙氏に聞く。(聞き手/音なぎ省一郎、構成/フリーライター 小林直美、撮影/まくらあさみ)
デザインが社会に浸透しない理由
──ブランディングやイノベーションのためにはデザイン活用が有効であるという認識を示し、経営者にデザインへの投資を促す政策提言「『デザイン経営』宣言」が出されたのは2018年です。原川さんはその3年後にデザイン政策室に着任されています。当時のミッションや課題認識について教えてください。
宣言では、5年間で集中的に「デザイン経営」を普及させることを打ち出していました。その途上での着任ということで、まず3年間を振り返っての成果と課題を踏まえ、次なる総合的なデザイン政策につながる議論を深めていきました。
──その段階での「デザイン経営」の広がりをどのように評価していましたか。
個人的な印象として、うまくいっている企業とそうでない企業に二極化していると感じました。経営者がもともとデザインに詳しいなど、素地のある企業では成果が出ているけれど、そうでない企業では取り組みがスタックしていると。
──それは宣言前と何も変わっていないといえますね。原因についてはどうお考えでしたか。
端的に言うと説明や評価の難しさだと思います。近年、デザインの領域は確かに広がりました。よく「目に見えるものから見えないものへ」とか、「狭義から広義へ」とかと表現されている通りです。ただ、その効果が第三者に伝わっていない。ポスターのような目に見えるものなら、誰にでも「美しくなった」「分かりやすくなった」と評価できますが、目に見えないものとなると、どこがどうデザインされているかも分からないし、分からないものは評価できません。成果についての定量的なデータも乏しく、ただ事例が積み上がっていくだけでは「あの企業だからできた」となるだけで横展開ができません。
そもそも「デザイン」という言葉の捉え方が人により異なる中、まとめて「デザインに投資しよう」というのはハードルが高いと感じます。デザインの領域を戦略的に広げようとするなら、広げた部分のデザインをどう定義し、どう評価するかを丁寧に説明・検証しなくてはいけません。「デザイン経営」の内容や効果を説明するのと並行して、「デザイン」という言葉の解像度を高めて明確かつ分かりやすい表現に言い換えていかないと、これ以上の理解は進みにくいと感じています。