ぶた肉ととん汁でぶたがダブってしまった
テレビ東京の毎週金曜深夜0時12分からの番組に「孤独のグルメ」っていうのがある。主役の中年男性(演者は松重豊さん)が商用で訪れた街々の店で、ひたすら食べるだけのドラマなのだが、庶民的なのにやや異色な店と食べ物が秀逸。
久住昌之作、谷口ジロー画『孤独のグルメ』はその原作となったマンガである。主人公の井之頭五郎は〈輸入雑貨の貿易商を個人でやっている俺だが 自分の店はもっていない〉〈結婚同様 店なんかヘタにもつと守るものが増えそうで人生が重たくなる 男は基本的に体ひとつでいたい〉ってな信条をもつハードボイルドな人物だ。ドラマでは店やメニューの選択を誤らない五郎だが、原作ではいつもちょっと失敗する。
山谷の食堂では、ぶた肉いためとライス、とん汁を注文し、〈うーん…ぶた肉と とん汁で ぶたがダブってしまった〉。江ノ島でも正体不明の江ノ島丼セットとさざえの壺焼きを注文し、江ノ島丼がさざえの卵とじ丼と知って〈しまった…そうかじゃあ さざえの壺焼きで さざえがダブってしまった〉。
まー、ぶた肉がダブったからって人生に支障はありませんよ。ありませんけど、なんとなく損したような気分と、そこはかとない哀感。
「豆かん」なるものが旨いと聞いて浅草の甘味屋に入るも、雑煮も雑炊も冬のみのメニュー。豆かんだけを食して、ふと〈できれば腹ごしらえしてから食べたかったな〉。
酒は飲めぬが健啖家。赤羽の飲み屋で「ごはん」の張り紙を見つけ〈そうかそうか そうなれば話は違う〉〈ここに並んだ大量のおつまみが すべておかずとして 立ち上がってくる〉と歓喜するも、いくら、生ゆば、岩のりと一緒にうな丼を注文。岩のりを〈どう使えばいいんだろうな 丼に対して〉。だから素直に飯だけ頼んどきゃいいのにさ。
組み合わせを誤る、順番を間違える、場違いな店に入る、あてにしていた店がない。だからこその孤独。メシは人生に似てるってことで。
※週刊朝日 2015年11月6日号