ビジネスパーソンに必須の50のフレームワークを解説する『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』の執筆者で、グロービス経営大学院教授の嶋田毅氏に聞く連載最終回の今日は、フレームワーク思考で大切にしたいことをお話しします。
1080円カットのQBハウスの提供価値と
そこから考える「だから、何?」
最終回の今日は、フレームワークを用いる際の留意点について、再確認したい部分も含めて解説します。
まず忘れていただきたくないのは、フレームワークは単なる情報整理のツールではなく、情報を整理した上で、意味合い・解釈を引き出す必要があるということです。
これは、フレームワークを用いて何かを分析する際には必ず意識すべきポイントです。
前回ご紹介したピラミッド・ストラクチャーでは、下位の情報を集めて「So What? (だから何が言えるの?)」を引き出すという話をしました。
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しかし、多くの人は「分析せよ」といわれると、箱の中にファクトを入れて「整理」するだけになってしまうものです。「So What?」を引き出すというのは、大学院などでも何度も口を酸っぱくして言わないとなかなか身につかない行動なのです。
たとえば、ビジネスモデルを検討する際に、ビジネスモデルの要素の一つとして「提供価値」に着目したとします。ここではQBハウスという1080円カットの理容店(厳密には理美容店)に関して考えてみましょう。
ライバルの理容チェーンが、QBハウスの提供価値として以下をリストアップしたとします。
・圧倒的な安価
・カットのみに特化して他のサービス(洗髪、肩揉みなど)はない
・アクセスしやすい立地(場所、出店数)
・10分間という短時間の散髪
・待ち時間がわかりやすい
・店の中がクリーンで明るい
・理容師とのカットに関すること以外のコミュニケーションはない
・どの店に行ってもほぼ均一なサービス
多くの人はここまで整理して満足してしまいますが、それではいけません。 何かしらの「So What?」は引き出せないでしょうか。
たとえば、「カットのみに特化して他のサービスはない」「理容師とのカットに関すること以外のコミュニケーションはない」「どの店に行ってもほぼ均一なサービス」という要素からは、「多少口下手で不器用な人間でも、カットの技術さえあれば戦力にできる。洗髪や毛染めなどによる手荒れもないことから、採用のハードルは低そうだ。一方で、大量の人材を育成する独自の仕組みがあるのではないだろうか」ということが仮説として言えそうです。
また、「圧倒的な安価」「アクセスしやすい立地」「待ち時間がわかりやすい」「店の中がクリーンで明るい」「どの店に行ってもほぼ均一なサービス」からは、「とにかく利便性を追求しており、投資額に裏付けられたコストパフォーマンスと安定感が抜群」ということが言えそうです。
この2つを合わせると、1つの仮説として、「QBハウスの強みは、安定的に高いレベルの価値提供をする仕組みや認知度、その裏側にある投資規模にあり、また、採用のハードルの低さや育成の独自ノウハウもあることから、模倣するのは簡単なことではない」などといったことが言えそうです。
この仮説を、ビジネスモデルのその他の要素である「経営資源」「プロセス」「利益方程式」の分析から導かれる仮説と合わせていくと、QBハウスに関する分析はさらに意味のあるものになっていくでしょう。
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フレームワークは重要なツールですが、ツールは所詮ツールです。
そこから適切に意味を引き出したり、打ち手の可能性を幅広く、大きな漏れなく考えることにこそ、フレームワークを使う意義があるのです。
フレームワークの
弱点や限界を知る
これまでのコラムで、定番のフレームワークを知っておくことの重要性を強調しました。
ここでもう一度、定番フレームワークに関しては、その特徴をよく理解しておく必要があることを強調したいと思います。
第2回目でご紹介した「使うと効果が出る場面」はもちろん、その弱点や限界などもよく理解しておくことが求められます。
たとえば、定番フレームワークに「プロダクト・ライフサイクル(PLC)」があります。
これは、マーケティングの施策やライバルに対する競争戦略、あるいは企業全体の資源配分について示唆を得るには非常に有効なツールです。私も過去に何度も用いたことがあります。
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一方で、PLCは非常にパワフルではあるのですが、弱点や使い勝手の悪さも抱えています。
まず、事業やプロダクトをどこで切り分ければいいかという問題があります。
たとえば携帯電話は、スマートフォンまで含めれば2015年現在も成長期にあると言えるでしょうが、ガラケーのみをとれば衰退期にあります。また、国によっては、ガラケーもいまだ成長期にある国もあります。
これらを理解しないと、携帯電話向けの部品メーカーやソフト会社は有効な戦略が打てません。
PCLが教科書通りのS字カーブを描くとは限らないという問題もあります。
循環的に波を打つ製品(船舶など)もあれば、あっという間に成長期から成熟期を迎えてしまうというケースもあります(ファッション性の高いアパレルなど)。こうした可能性を知っておかないと、施策がタイミングを外しかねません。
なにより、PLCの最大の弱点は、後になれば「あの時は○○期だった」と言えるのですが、渦中では何期にいるかわからないという点でしょう。
特に昨今はヒットしていた商品も代替品によって根こそぎニーズを奪われてしまい、一気に衰退期に入ってしまう可能性がかつてなく高まっています。市場から消えないまでも、予想以上に衰退スピードが早まるケースも散見されます。
たとえば、90年代に絶頂期を迎えていた少年漫画誌は、その後、携帯電話に徐々に「暇つぶし」のニーズを代替され、スマートフォンが登場してからはさらに部数を激減させました。つい10年前には予想できなかったことです。
人間はどうしても過去の延長(外挿)でPLCを予想し、未来を捉えがちですが、そうしたやり方がますます通用しにくい時代になってきたのです。
ではPLCが価値を失ったのかといえばそんなことはありません。その他の市場分析などと正しく併用すれば、いまでも大きなパワーを発揮するフレームワークと言えます。
問題なのは、先に述べたように、その限界や注意点に無頓着に、単純に当てはめてしまうことなのです。
優れた分析やコミュニケーションは、単にフレームワークを当てはめることで生まれるものではありません。
虚心坦懐にファクトを見る姿勢を持ちつつ、環境変化やその兆候に常にアンテナを張り、自分なりの仮説(あるいは仮説の卵)を常に持っているからこそ、いざという時に破壊力のある分析ができ、意思決定やコミュニケーションの効率も上がるのです。
使いながら学ぼう!
さて、4回に分けてフレームワーク思考についてお話をしてきました。その破壊力の一端はお伝えできたのではないかと思います。
一方で、「勉強することが多くて大変だ」「半端に使ってみて失敗したら嫌だな」などと思われた方も多いかもしれません。
もちろん、本当に表層だけを見て付け焼刃で用いるのはやめた方がいいでしょう。しかし、いつまでたっても使わないというのでは、スキルアップは図れません。
私はよく語学にたとえて話をするのですが、語学も、最初からペラペラに喋ることができたという方はいません。最初はたどたどしくても、使ううちに上手くなり、上手くなるからますます使ってみる、ますます使うからまたさらに上手くなる……という好循環を描いたはずです。
逆に、語学が下手な人は、怖がって最初から使ってみようとしません。その結果、逆の負のスパイラルに入ってしまい、気がついたときには全くその言葉を忘れてしまうのです。
フレームワーク思考も同様です。しっかり書籍などで学習した上で使っていけば、どんどん上達するものです。時には失敗もあるかもしれませんが、命までとられるわけではありません。その失敗を糧に、また学び、使っていけば、先の語学の例と同様、どんどん上手くなっていきます。そのパワーは計りしれません。
どのようなスキルにも共通することですが、結局そのスキルが身につくか否かは、それを使う人間の意欲や姿勢で決まります。
昨今、経営環境はますます厳しくなっています。より多くの人が、『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』(グロービス著)などを参考にフレームワーク思考を身につけられ、ビジネスの生産性を上げられることを期待したいと思います。