ビジネスパーソンなら当然知っておくべきフレームワークを50個厳選し、100の図とともに解説するフレームワークのガイドブック『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』が刊行されました。この連載では執筆を担当したグロービス経営大学院教授の嶋田毅氏が、フレームワークの意義や使い方、留意点などを解説します。

今、なぜフレームワーク思考なのか        

 昨今、ビジネスを取り囲む環境はますます複雑性を増しています。そうした中、情報を整理して分析したり、それをベースに意思決定を行ったり、さらにそれを人に伝えたりということが、より難しくなりつつあります。

 雑多な情報をなんとなく眺めていても、その情報群がどのような意味合いを持つのかを把握することは難しく、そこで立ち止まっていては、生産性は上がりませんし、時には間違った判断をしかねません。

 たとえば、50人の人員を擁するある部門のパフォーマンスが伸び悩んでいるとしましょう。
 そこで、部員たちのスキルレベルとモチベーションレベルについて、簡単な定量調査に加え、ヒアリング調査を行ったところ、以下のような意見がよく見られました。

 「とにかく管理職は仕事が忙しそうで、十分なコミュニケーションがとれない」
 「仕事にやりがいがない」
 「MBO(目標管理)はよいと思うが、実施者によるばらつきが大きすぎる」
 「部門内の業務分担が不適切と感じる」
 「上司の言っていることとやっていることが合致していない」

 さて、あなたなら、ここで集まった情報をどのように整理し、分析につなげるでしょうか?

 一番悪いパターンは、目立つ意見だけに着目して、対症療法的な施策を打つことです。
 たとえば「管理職の仕事が忙しい」というコメントが目立ったからといって、管理職にサポート人員をつけるという対症療法を行ったとしても、それが奏功するとは限りません。むしろ、そのサポート人員の管理に時間がとられ、管理職の仕事がさらに忙しくなるようでは本末転倒です。

 ポイントは、全体を俯瞰的に捉え、問題の構造をより立体的に把握することです。
 その際、仮に定性コメントが300件あったとしたら、それをランダムに並べてみてもあまり有効な仮説は得られないでしょう。
 そこで登場するのが、フレームワークを用いて情報を整理し、意味合い(課題や解決策に関する仮説など)を考えるという「フレームワーク思考」です。

 フレームワークとは日本語にすれば「枠組み」です。
 「モレやダブりがないように」意識しながら、何らかの枠組みを設けて情報を整理すると、全体の俯瞰が容易になり、意味合いも引き出しやすくなるのです。
 それにより意思決定や施策の適切さやスピードも格段に上がります。

 今回のケースであれば、

 ・リーダー、組織文化の問題
 ・業務付与・目標設定に関する問題
 ・部員のスキルに関する問題
 ・部員のモチベーションに関する問題
 ・権限やリソースの問題
 ・職場環境の問題

 などの枠組みを作り、情報を整理した上で、全体を俯瞰します。
 そうして、最も大きな問題と思われる個所や、各要素間のバランスの悪い個所を見極めていくのです。

 その際、下の図に表したように定量分析も用いて「スキル×モチベーション」のマトリクス図(これも一種の枠組みです)などを書いてみると、一層問題の所在がわかりやすくなります。
 情報量が増せば増すだけ、こうしたフレームワークを用いることで業務の効率性は高まるのです。

ゼロベースもいいけれど…
巨人の肩に乗ろう!

 さて、先の

 ・リーダー、組織文化の問題
 ・業務付与・目標設定に関する問題
 ・部員のスキルに関する問題
 ・部員のモチベーションに関する問題
 ・権限やリソースの問題
 ・職場環境の問題

 という枠組みは、職場の問題を整理する際のフレームワークとして、今回、私がオリジナルに考えたものです。オリジナルのフレームワークは、それを考えること自体が勉強にもなりますし知的トレーニングにもなるので、能力開発という意味ではお勧めです。

一方で、現実の問題解決の場などにおいて、毎回、テーマに合わせて分析のための枠組みを一から考えるのでは効率は悪くなってしまいます。

 そこで知っておくといいのが、定番のビジネスフレームワークです。
 たとえば、事業戦略についてヒントを得たいのであれば、「3C分析」というフレームワークが非常に有効です。

 これは、事業に関わる事象を、市場・顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)という枠組みでまとめるもので、これを用いれば、たとえば「競合のことを考えるのを忘れていた」というミスを避けることができますし、ビジネスに関する効果的な示唆についても仮説を立てやすくなります。

 あるいは、業界の魅力度を知りたいというのであれば「5つの力分析」というフレームワークが非常に役に立ちます。
 これは、業界に蓄積される利益を削り取る5つの力――(1)業界内の競争、(2)買い手の交渉力、(3)売り手の交渉力、(4)新規参入の脅威、(5)代替品の脅威――の強さを見ることで、業界の収益性、魅力度を推し量るものです。

 この「5つの力分析」をしっかり行えば、「儲けにくい業界に参入して、努力のわりに利益を上げられない」という落とし穴を避けやすくなるのです。

 またあるいは、マーケティングで市場へのアプローチを考える際には、「4P」が有効です。
 4PはProduct(製品)、Price(価格)、Promotion(コミュニケーション)、Place(チャネル)のことで、ターゲットやポジショニングに合わせてこれらの整合性をとりつつ具体的な施策を考えると、マーケティングの効果が高まることが確認されています。

 こうした定番のフレームワークは、経営学者がアカデミックな研究に基づいて提唱したものもあれば、コンサルティング会社がコンサルティング活動の実践を通じて開発したものもあります。いずれにせよ、どれも「先人の知」が詰まったものです。

 ビジネスに限らず、あらゆる人間の営みについて言えることですが、先人の知恵を活用するのと、ゼロベースで一から考えるのでは、スピードや効率性に格段の差が出てきます。
 囲碁や将棋で定石(定跡)を知っている人と知らない人が対戦するシーンを想像しても、それは明らかでしょう。

長年の実証にも耐え、その有効性が認められた先人の知恵を知っておくことは、ビジネスパーソンが業務効率を上げる上で非常に有効なのです。

ビジネスの基本フレームワークは
世界で戦う必要条件

 さらに言えば、こうしたフレームワークはいまや世界のビジネスリーダーの常識となっています。
 その理由の一つは、世界のビジネスリーダーの多くが、経営大学院などで経営学を体系的に学習していることにあります。

 経営大学院では、たとえば経営戦略論であれば、先の3Cや5つの力分析はもちろんのこと、ほんの一部をとりだしても、「アドバンテージ・マトリックス」「バリューチェーン」「3つの基本戦略」「ビジネスモデル」「戦略キャンバス」「VRIO」「PPM」「アンゾフの事業拡大マトリックス」などといった定番フレームワークを、何回も何回も授業を通じて教え込んでいます。
 先ほどの囲碁将棋の例に例えれば、何十あるいいは百数十の定石(定跡)が徹底的に頭に叩き込まれているのです。

 そうしたリーダーたちと競争をする際に、「自分はそうしたフレームワークは知りません」ということでは、圧倒的に不利な立場から戦わなければならなくなってしまいます。
 勝てる可能性はかなり低くなるでしょう。

 グローバル競争が激しさを増す昨今、世界のライバルが知っている定石(定跡)を自分も知っておくことは必要条件といっても過言ではないのです。

 ただ、フレームワークを学ぶ際には注意点があります。
 ビジネスフレームワークは有効なツールですが、往々にして多くのビジネスパーソンは、その表層的な「型」だけを見て理解したつもりになりがちです。

 忙しいビジネスパーソンにはやむを得ない部分もあるのですが、フレームワークの「型」だけを知っていても、有効な示唆は引き出せませんし、時としてそれは誤った結論を招きかねません。
 最低でも、ある程度は他人に説明できる程度にはフレームワークに対する理解を深めることが必須です。

 フレームワークの多くは理論的な背景を持っています。
 たとえば先述の5つの力分析であれば、産業経済学の裏付けや実証研究があるのです。
 単に5つの箱を並べるのが5つの力分析の趣旨ではありません。業界のダイナミズムなども意識した上で、業界の収益性に影響を与える経済性等に迫っていかないとこの分析の意味がないのです。

 フレームワークの学習に当たっては、まずは使いどころや背景にある論理、他のフレームワークとの関係等を押さえることが第一歩です。

 新刊書籍『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』(グロービス著)では、ビジネスパーソンが必ず押さえておきたい50のフレームワークを厳選して紹介・解説しています。まずはここに載っているフレームワークから学び、実践で活かしていただけたらと思います。

 その上で余裕ができてきたら、それぞれのフレームワークの原典に当たり(例:5つの力分析であればマイケル・ポーター教授の著書『競争の戦略』)、より根源的な理解を深められることをお勧めします。

 それが結果として、骨太の理解を促し、ビジネスの力を高めることにもつながるからです。