現状を肯定したうえで、さらに改善ポイントを示す
「なるほど」の瞬間が訪れさえすれば、「よくわかった。そういうことなら、こういうやり方はどうだろう?」と、現状を肯定した上で行動の改善を求めることができます。人を変えることはできないけれども、変わりやすい環境をつくることはできるのです。それが、「現状の肯定」だと言えます。
つまり、今やっていることを否定された上で指示を出されるのか、今やっていることを「よくやっている」と肯定されたうえで、「さらにこうした方がいいよ」と言われるのかで、人の受け止め方はまったく違ってくるのです。
例えば、何度も書類の確認ばかりして、なかなか提出しない人がいるとします。その人に対して、「仕事が遅い」「できない」とジャッジすることは簡単ですが、そもそも、なぜ、その人は確認ばかりするのでしょうか?
そこで役立つのが「インタビュー」です。
「見ていると、ずいぶん確認を慎重にしているみたいですが、何か思うところがあるのですか?」と聴いてみればいいでしょう。
「実は以前に、確認を怠って取り返しのつかないミスをしたことがありまして。そのときのことがいつまでも頭に残っていて、いくら確認しても『もしかしたらまだ足りないのではないか』と思ってしまうのです」という話が聴けるかもしれません。
人は目上の人などの他者から強くとがめられると、心身に衝撃を受けます。衝撃を受けると、その人は万事に警戒的になります。「もしも確認もれがあったら……」という強迫観念から逃れるのは、簡単なことではありません。
そんなときには、「では、一度だけ確認して私のところに持ってきてください。あとはこちらで確認しますから」と、最終責任を引き受けてあげると、余計な時間を使わなくてすむようになります。
もちろん、いつまでも最終責任を引き受けるのも大変ですから、しばらく様子を見た上で、頃合いを見計らって、こんなふうに言えばいいでしょう。
「この半年間、一度も必要な訂正はありませんでしたよ。だから、一回だけ確認すればもう十分だと思います。まあ、おまけでもう一回するとして、確認は二回だけというルールをつくって大丈夫ですよ」
こう伝えてあげれば、その部下は、「確認を怠ったためひどいミスをした」という過去から自由になっていけると思います。
そのような事情を抱えた人に対して、「仕事が遅い」「できない」と怒鳴り散らしたら、ますます萎縮して確認時間が延びてしまうでしょう。
※つづきは、12月15日(火)に掲載。
精神科医
1968年東京生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院修了(医学博士)。
摂食障害、気分障害、トラウマ関連障害、思春期前後の問題や家族の病理、漢方医学などが専門。
「対人関係療法」の日本における第一人者。
慶應義塾大学医学部精神科勤務を経て、現在、対人関係療法専門クリニック院長、慶應義塾大学医学部非常勤講師(精神神経科)、国際対人関係療法学会理事、アティテューディナル・ヒーリング・ジャパン(AHJ)代表、対人関係療法研究会代表世話人。
2000年~2005年 衆議院議員として児童虐待防止法の抜本的改正をはじめ、数々の法案の修正実現に尽力。精神科専門医、精神科指導医(日本精神神経学会)、精神保健指定医、日本認知療法学会幹事、日本うつ病学会評議員、日本摂食障害学会評議員、日本ストレス学会評議員。心の健康のための講演や執筆も多くこなしている。
主な著書に『女子の人間関係』(サンクチュアリ出版)、『怒りがスーッと消える本』『小さなことに左右されない「本当の自信」を手に入れる9つのステップ』『身近な人の「攻撃」がスーッとなくなる本』『大人のための「困った感情」のトリセツ』(以上、大和 出版)、『十代のうちに知っておきたい?折れない心の作り方』(紀伊国屋書店)、『プレッシャーに負けない方法―「できるだけ完璧主義」のすすめ』(さくら舎)など、多数。