英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介するこのコラム、今週は迷うまでもなく「菅直人総理大臣」の誕生についてです。「who?」でなければ「ふーん」でもなく、英米の主要各紙がそれなりに詳しい評伝を書いて日本の新首相を紹介しているのは、「新総理が4年で5人目」という事態の異常性もさることながら、「前任者のアンチテーゼ」とも言える特徴がはっきりしているからのようです。「久々に、裕福な政治一族の末裔ではない」という特徴は、セールスポイントになってしまいましたし。(gooニュース 加藤祐子)

政治家の存在は無意味ではないと

 鳩山由紀夫氏の辞任表明を受けてこちらで書いたように、英語メディアの多くは「今年もまた日本の総理大臣が変わった」と、はっきり言えば、呆れています。たとえばこちらの英『フィナンシャル・タイムズ(FT)』紙社説は、どんなに首相がくるくる入れ替わっても「日本という国は変わらず安定して、裕福で、色々な意味できわめて効率よく運営されているのだ。それは一部には、名高い官僚たちのおかげでもある」と、あたかも日本では政治家などいてもいなくても同じと言わんばかり。

 ただしそこは『FT』なので、それだけの単純な一刀両断では終わらず、別の記事ではミュア・ディッキー東京支局長が、「日本の総理大臣は必ずしも、日本で最も強力な政治家とは限らない」し、「日本の政治そのものは、閉鎖的で変わらない官僚支配体制に、色と音を足すためだけにある歌舞伎的な見せ物に過ぎない」というシニカルな見方が日本内外にあることも認めた上で、いや、そうでもないと、日本が「閉鎖的で変わらない」という部分は、実はそんなことはないのだと指摘しています。確かに日本の政策決定は不透明でゆっくりだが、自衛隊の海外派遣や金融規制緩和、NGOの役割などは過去20年間で大きく変わっているし、安倍政権のような短命政権でさえ、対中政策を一変させるという変化をもたらしていると。

 日本の政治は必ずしも無意味ではないし、近く3位に落ちるとは言えども世界第2位の経済大国なのだし、新首相はこれまでの世襲政治家とはかなり毛色が変わっているから、いくら「4年間で5人目」でも紹介しなくては——というのが、英米主要各紙のスタンスでしょうか。

 各社が菅直人氏について取り上げるポイントは、ほぼ同じでした。英米メディアの人物紹介記事から要点だけ取り上げるなら、菅氏はつまり、(1)世襲政治家ではなく、(2)薬害エイズで官僚と戦って国民的英雄となったものの、(3)スキャンダルをきっかけにお遍路参りをしたことがあり、(4)「イラ菅」と呼ばれる、(5)現実的な実務家——ということになります。

 特に各社が(1)と(5)を強調するあたり、「頼むから前任者よりはましであってくれ」という願いのようなものが行間からにじみでているように思います。

「前任者のアンチテーゼ」

 英『エコノミスト』誌は「ボスを紹介」という記事で、「過去の4人の総理大臣はみな、富裕な政治一族の出身で、彼らにとって総理大臣になるというのは一族の男子に課せられた通過儀礼(rite of passage)のようなものだった。菅氏は市民活動の世界で何年も苦労した後に、政治の世界に上がってきた、立身出世の人だ(self-made man)」と。

 英『ガーディアン』紙も「庶民出身の菅直人がいかに日本の総理大臣になったか」という見出しの記事で、自分を「特別なコネなどないサラリーマンの息子」と呼ぶ菅氏を「前任者のアンチテーゼ」と評しています。「市民活動のバックグラウンドは通常なら、一国の指導者の経歴として特別視されるようなものではない。しかし政治エリートの遺伝子をもつ人物の下で過去8カ月間、ぐらぐらと揺れ動き足取りも覚束なくやってきた日本にとって、新しい総理大臣は真のアウトサイダーと言えるだろう」と辛辣です。

 米『ニューヨーク・タイムズ』紙も、「政界のサバイバー、日本の諸問題を継承」という見出しの記事で、菅氏が「ほとんどの日本の政治家とは違うバックグラウンドをもつ」と。こう訳した原文は「is cut from a very different cloth」というもので、「cut from a different cloth(異なる布地から切り取られた)=毛色、バックグラウンドが違う」という意味の慣用句です。なぜならば日本では政治家というのはほとんどが「元エリート官僚だったり、政治一族の末裔だったりするのに対して、市民活動出身の菅氏は、日本の革新野党の中で頭角を現した後に民主党創設メンバーのひとりとなったからだ」と。

 菅氏がかつて厚生大臣として薬害エイズ問題の真相究明に取り組み、旧厚生省がそれまで存在しないと主張していた資料を発見させたことについても、各紙はもちろん触れています。たとえば上述の『エコノミスト』は「圧倒的権力を誇り、圧倒的に守られてきたエリート官僚たちと正面対決したことで、(菅氏は)国民的英雄となった。しかしその一方で財務大臣としては、官僚たちを見下して遠ざけるのではなく、官僚の優秀な意見にはきちんと耳を傾けて、高く評価されてきた」と。官僚と対決するばかりでは何も出来ないのだからと言外に示唆しています。

 アメリカの日本ウォッチャーによる現時点の評価もそれなりに高いようで、前回の記事でも紹介したスタンフォード大学のダニエル・スナイダー氏は『ニューヨーク・タイムズ』に対して「菅直人は決断力ある指導者という評判も実績も併せ持っている」と評価するコメントを寄せています。米『ワシントン・ポスト』紙のこちらの記事では、(やはり前回記事でも名前をあげた)米シンクタンク外交問題評議会の日本担当、シーラ・スミス上級研究員が、「菅はミスター・クリーン。市民活動から政界入りして、90年代半ばには官僚たちと対決している。率直に言えば、政策に思慮深く取り組む実務家という評価を確立してきていると思う。閣僚としてここ半年ほど、菅氏はとても考え深く、とても安定しているように見えた」とコメントしています。

 (余談ですがこの『ワシントン・ポスト』記事、日本関係の記事で見たことのない筆者名だと思ってちょっと調べたところ、筆者チコ・ハーラン特派員は6月に着任したばかり。同紙のアジア特派員だったブレイン・ハーデン氏は著書執筆のために5月末で退職。ハーラン記者は昨年まで、MLBのワシントン・ナショナルズ担当だったそうです)

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