人口が減少する社会では、国庫負担があったとしても、賦課方式年金は個人年金に収益率の点で追いつかないことを述べた。では、人口減少社会では公的年金の役割はないのだろうか?

 そんなことはない。人口減少社会においても、公的年金には重要な役割がある。それは、「長生きしすぎることに対する保険」である。

 一定の年齢までであれば、自ら老後資金を準備することもできるが、予想以上に長生きしてしまうと、生活資金がなくなってしまう危険がある。また、病気がちになって治療費がかさむことになるかもしれない。これらの支出のなかには、健康保険や介護保険ではカバーできないものがあるかもしれない。長生きはもちろん望ましいことではあるが、経済的には大きなリスクを伴うものだということができる。

 ところが、私的年金は、本質的に有期年金とならざるをえない。終身年金をつくることもまったく不可能というわけではないが、きわめて難しい。

 それは、私的年金では十分な数の加入者を確保することが難しいため、大数法則が働かないからだ。私的年金で終身年金をつくるためには、グループをつくってそのなかで一種の保険を行なう。しかし、参加者の数が十分多くないと、生存者数が予定より多くなりすぎる事態が発生し、終身年金を給付できなくなる危険があるのである。

 これに対して強制加入の公的年金においては、加入者数が十分多いため、実際の生存者数は、生命表から計算される期待値とほぼ一致する。このため、終身年金を給付できるのである。

 また、私的な長生き終身年金をつくろうとすると、「逆選択」(adverse selection)の問題にも直面する。これは、保険金を受け取る可能性が強い人が多く加入するため、保険が機能しなくなるという問題である。

 たとえば、民間の保険会社が事前の健康診断なしで健康保険や生命保険を行なおうとすると、病気になる確率の高い人や早死にする確率が高い人(保険金を受け取る可能性が高い人)が多数加入してしまうため、保険機能が果たし得なくなる。そのため、事前に健康診断を行なって、そうした加入者を拒否することとしている。

 長生き保険の場合には、これとは逆の逆選択が生じうるため、健康すぎる人を排除する必要が生じる。しかし、そうした審査を行なうのは、実際には難しいだろう。この点でも、私的な終身長生き保険は本質的な困難に直面することとなる。