破壊的創造の繰り返しだった音楽活動

デヴィッド・ボウイを追悼したムック本も発売されるという

 以上の他にも、デヴィッド・ボウイはまだ音楽ビジネスがネットにそこまで浸食されていない2002年に、「音楽産業の変革は10年以内に起きる。音楽は水道や電気のような存在になっているだろう」と語っています。今の音楽ビジネスの状況を考えると、非常に先見性のある発言です。

 こうした事実から、デヴィッド・ボウイのイノベーターとしての側面が高く評価されているのですが、実は、それ以上に彼の音楽活動こそがイノベーションの繰り返しだったと言うことができます。

 デヴィッド・ボウイの作り出した音楽をざっくりと振り返ってみると、まず1970年代前半は「ジギー・スターダスト」に代表されるように、ロックに美学や哲学といった要素を取り入れ、グラムロックの旗手として活躍しました。

 普通のミュージシャンだったら成功に満足して、その路線を続けるものですが、デヴィッド・ボウイは満足することなく、70年代後半にはもう黒人音楽、パンクといった新しい要素を音楽に取り入れ出し、同時に俳優としても活躍を始めました。80年代になるとダンスミュージックを取り入れ、90年代も、それまでのような一世を風靡した大ヒットこそないものの、実験的なアプローチをずっと続けました。

 しかし、2000年代になると、体調を崩したことが影響して表舞台に登場することがほとんどなくなります。実際、2004年から10年間、新作のアルバムはリリースしていません。

 ところが、2013年になって、10年ぶりの新アルバムをリリースしました。このときのデヴィッド・ボウイは66歳です。更に、68歳であった昨年は自身がかつて主演した映画を舞台化し、12月からニューヨークのオフブロードウェイで公開されています。

死去する2日前にリリースされたアルバム『ブラックスター』

 そして、今年に入ると、死去する2日前に新アルバムをリリースしました。このアルバムはジャズの要素を大胆に取り込み、米国や英国では発売前の段階で、即ち死後によくあるようなリップサービス抜きで、非常に高い評価を得て話題になりました。

 このように、デヴィッド・ボウイの音楽活動は、その最初から最後までまさに破壊的創造の繰り返しでした。成功した特定の音楽のスタイルに拘らず、常に新しい要素を取り入れて進化を続けたのは凄いことです。そして、何より凄いのは、66歳という日本で言えば年金支給開始年齢を過ぎてから新たな創作を始め、音楽のスタイルを進化させるにとどまらず、オフブロードウェイの舞台というまったく新しい取り組みまで始めたというバイタリティです。