見えない敵 愉快犯の脅威!

 首都高の入口手前にあるスーパーで、ひと組の家族が菓子パンと飲み物を買った。高速に乗ったあと、近くのドライブインで休憩し、車内で軽食をすませるためだった。待ちきれずに子供がパンに手を伸ばしたとき、母親がパンに鈍く光るものを見つけて絶叫した。

 これから2週間に渡って毎日開始される悪意の異物混入事件の幕開けだった。異物はカッターナイフの刃、決まって販売店舗の現場でB社製造の菓子パンに、包材外部からねじ込まれていた。毎日菓子パンの種類が変わり、混入された場所も4都県、14市区にまたがっていた。当初所轄警察署は悪質な異物混入事件として、犯人逮捕を捜査刑事に厳命していたが、毎日所轄エリアを超えた場所で事件が発生し、捜査は混乱していた。

 さらに、異物が混入された販売店舗はいずれも大規模小売店舗で、顧客の出入りが激しく、監視カメラでは犯人を特定することは不可能だった。しかも犯行は夕方から夜にかけて特に込み合う時間に集中していた。犯人は予想以上に頭のいい人間だった。

 最初の混入事件発覚の際には、毎日犯行が継続されるとは、ほとんどの社員が予想していなかった。むしろ大規模小売店に恨みのある者が、たまたまB社の製品を利用したにすぎない可能性もあると考えていた。司法当局は、すぐにも犯人から何らかの要求が関係者にあるか、1~2週間以内にさらなる犯行が行われる可能性を指摘していた。

 しかし、大方の予想をあざ笑うように、犯行は毎日B社だけをターゲットとして計画的に行われた。かつて日本でこれだけ継続的に「声明または要求なしの異物混入」が行われたことはない。捜査関係者を含め、犯人の意図が読めなかった。3日目の犯行が確認されたとき、刑事の一人が「愉快犯の犯行だ!」とつぶやいた。

信用回復か、犯人逮捕か

「このような卑劣な犯人を野放しにしてはいけない」

 司法当局の強い思いが、企業経営陣の心を揺り動かしていた。3回目の混入が確認された時点においても、マスコミは本事件に気づかず、世間にも隠されていた。大きく騒ぐことは愉快犯を鼓舞させることにほかならず、事件の長期化を予想させたからである。そのせいもあってか、経営陣はこの事件がそれほど大きな問題になる前に、司法当局によって必ずや犯人が逮捕されるものと信じて疑わなかった。