私自身はパチンコをプレイした経験は一度もないが、友人知人がパチンコ店から出てきたときの様子や本人の話から総合して「まあ、そうだろう」と思う。たいていは、その日のパチンコ予算あるいは持ち金を使い果たし、続けられなくなって店を出てくる。勝っている最中にタイミングよく切り上げ、機嫌よく「おごるから飲みに行こう」などということは、めったにない。

 もしも将来、多くのパチンコ・パチスロ店で導入されているプリペイドカードやICカードに対し、「マイナンバー」との紐付けが必須になり、「誰がいつ、球をいくつ借りて、出玉は◯個だった」と記録されるようになれば、勝ったか負けたかを福祉事務所が把握することも可能になるかもしれない。球がどのような景品と交換されたかも、店が記録できるかもしれない。しかし景品が店を出た後でどうなるのか、換金されるかされないのかは、店とは一応は無関係だ。

「パチンコで勝った収入の申告漏れによる生活保護費の不正受給」に本気で対策するのなら、生活保護と無関係に、パチンコ・景品・換金システム全体への対策が必要だろう。可能とは思えないけれども。

 その一方で、もしも同じ人が就労し、就労収入として1万円を得たのであれば、どうか。収入申告の必要はあるが、少なくとも、まったくの「働き損」になることはない。

 まず、就労する場合、交通費・作業服代などが経費として認められる。経費を差し引いて、1ヵ月あたりの収入が1万5000円(単身世帯の場合)までであったら、「使えるお金」は収入の分だけ増える。経費を差し引いた収入が1ヵ月あたり1万5000円を超えるようだと、収入のうちいくらかは「収入認定」され、使えるお金は目減りすることになるが、それでも基本的に、就労収入が多くなれば使えるお金は増える。

 結局、生活保護のもとでは、パチンコなどのギャンブルで勝っても、使えるお金が増えるわけではない。どれだけ勝とうが自分のお金にはならず、パチンコ店に支払った貸玉料金・イライラしてついつい喫ってしまったタバコ代などの分だけ、自分の使えるお金が減るだけなのだ。もちろん、勝っていなくても「生活保護を受けている◯◯さんがパチンコ店にいるのを見た。勝った分は不正受給しているに違いない」といった情報提供がなされる可能性もある。福祉事務所がどう対応するかはともかく、近隣の人々がそういう情報提供をする可能性も発生するとなれば、「ときどきなら楽しめる娯楽」でさえなくなる。

 逆にいえば、パチンコ店にいる生活保護利用者の多くは、生活保護ではない人と同じようには楽しめない不自由な娯楽であるにもかかわらず、敢えてパチンコを選んでいるわけである。他に選べる娯楽の選択肢がないからなのか、パチンコが本当に好きなので「それでも」なのか、あるいはパチンコ依存症なのかは別として。

勝っても負けても嬉しくない
収入認定の仕組み

 とはいえ、ギャンブルの魅力は「時には勝つこともある」ということにあるようだ。「ようだ」と伝聞形で書くのは、私自身はギャンブルが大嫌いだからだ。生まれて5歳まで住んでいた家が福岡競艇場の近くにあり、レースのある日の夕方は家の前が「オケラ街道」になった。不機嫌な男性多数が競艇場から出て来つづけている間、歩道は、まったく横切れないほどの混雑だった。男性たちが歩き去った後には、外れ舟券の紙吹雪。男性たちの一部は、近隣の「立ち飲み」で不機嫌にクダを巻き続けていた。幼児の私にとっては、かなり恐ろしい風景であった。やがて「競艇場に行っているオジサンたちはレースを見てるわけじゃなくて、賭けて勝とうと思っているんだけど、ほとんど負けて不機嫌になってお酒を飲んでいるんだ」ということを私は理解し、小学校に入る前に、大のギャンブル嫌いになった。

 どのようなギャンブルも、客全員の平均では「負ける」仕組みになっているのだが、「時には勝つ」がなければ、客の射幸心は維持されない。生活保護利用者のパチンコでも、当然、勝ったり負けたりするだろう。

 ある生活保護利用者が、「0.5円パチンコで、1回あたり1000円分遊ぶ」を1ヵ月あたり5回行い、「勝ち」は3000円・0円・500円・0円・500円だったとしよう。この月、「投資」金額は5000円、「収入」金額は4000円。勝った日には収入が得られているが、負けた日には収入が得られていない。

 この人が福祉事務所に申告しなくてはならない収入は、4000円となる。もしその月、5000円の「投資」で1万円を得たのであれば、1万円となる。トータルで勝っているのか負けているのかは関係ない。

 勝っても具体的に嬉しさを感じられる何かにつながらず、単に「パチンコというゲームで勝った」だけ、負ければ使えるお金が減るだけ。「生活保護でパチンコ」は、ゲームセンターで遊んだり、リゾートホテルのゲームコーナーに置かれているギャンブル要素のないパチンコで遊んだりするのと同じなのだ。